044 前進! 一歩ずつ、一歩ずつ
「たのむぞー。湖畔にでてくれ!」
祈りながらログインしてみると、無事に湖畔に復活できた。
良かった。またあの化物と戦わなきゃならないなんて嫌だ。
メニューを開いてみると、現在のCPは百一だ。うむ、足りるぞ。ということで、小屋の扉の横にある水晶玉に触れてメニューを出す。
CPを百突っ込んで入手した湖畔は、インベントリを十枠も占有しやがった。三十とか言われないだけ良かったが、これ、本当に取らせるつもりがあるのか?
と思ったけれど、よく考えてみれば、普通は闘技場の景品で貰うのか。メダルを集めるにはボスの周回が必要だし、それはそれで面倒そうだ。
下手に来た道を戻って、さっきの化物に出くわしてもいや過ぎるので、一旦、『帰還の水晶』でクランホームに帰る。
インベントリを圧迫している湖畔と錬金工房を倉庫に仕舞っておかねば。
「おう、ユズ。何か入手したのか?」
倉庫でゴソゴソしていると、サカキがやってきた。
「うん、これで工房全部揃ったよ。お金稼いで建物買わないとだね」
「全部って、錬金工房見つけたのか?」
「湖畔もね。これで生産活動も本格的に動きだせるかな」
「なるほどな。じゃあ、CP使ったらオレも狩りに行くか。レベル上げもしないとCPが溢れまくるんだよな」
既に現在溢れているらしい。サカキのレベルはまだ十七で、CPの最大は百十だ。つまり、二時間分くらいが溢れて無駄になっている。
CP使うならお願いということで『無傷の勝利者』を渡しておく。その間、わたしは市役所で工房用の建物を探すことにする。
市役所の二階には人が結構いた。サービスインから一週間以上経つし、そろそろ家を買うお金が貯まった人がいても不思議ではない。
「工房二個と四個って何が違うんだ?」
そんな言葉が聞こえてくるが、どうしよう? それぐらいは教えてあげた方がいいのかな?
「鍛冶とか何種類か工房があるから、それを設置できる数だよ。農園と湖畔を入れて九種類だったかな」
「何で知ってるんだよ?」
「前にバグ報告したときにゲームマスターに教えてもらったの。隠し扉の先が壊れてたのよ」
バグ報告したというのは方便だが、そう言われたら疑うだけ無駄なのだ。一般プレイヤーでは、それを真実とも虚偽とも証明する手段はない。
「じゃあ、今家を買っても仕様がないのか?」
「クランホームだったら他にも幾つかメリットあるけど、工房専用は工房を手に入れてからじゃないとまるで意味ないと思うよ。お店なら良い場所を確保したいかなって程度」
わたしの説明に、周囲の人たちは揃って唸り声を上げる。だが、それ以上お節介を焼く必要もあるまい。
再び手元のリストに目を落として工房用の建物で良いのがないか探していたら、サカキからメールがやってきた。
クランホームに戻ってサカキと一緒に第二階層へと向かう。『無傷の勝利者』はサカキに渡したままで、だ。
それを使ってサクサクとレベルを上げてもらった方が効率が良い。私は『骸骨騎士の剣』の二刀流だ。『無傷の勝利者』は強すぎて剣の練習に向かない。ヘタクソでも余裕で勝ててしまうのだ。
それに頼りすぎた結果があの屈辱だ。わたしは真面目に剣の練習をするべきだ。
ということで、ひたすら蟷螂を狩り続ける。サカキは蜘蛛の方だ。途中、カエルや深海魚の辺りは狩っている人が増えてきたが、奥の方はまだ人が少ない。ゼロではないが、獲物を取りあうほどではないので、気にせずどんどん狩っていく。
魔法を併用した戦い方の練習も兼ねて夕方まで頑張っていたら、『カマキリのカマ』はインベントリ三枠分になっていた。
蜘蛛エリアの方に行ってみると、頑張っている人影がいくつかある。何時の間に来ていたのか、キキョウとヤナギがコンビで狩っている。
「やっほー、頑張ってるかい」
「ユズも第二階層? レベル二十超えてるって言ってなかったっけ?」
「ソロだと第三階層は厳しいからね……。工房用の建物の資金稼ぎだよ」
「あ、聞いた聞いた。錬金工房も見つけたんだって?」
それで二人とも頑張って蜘蛛の素材を集めていたという。サカキとも合流してホームに戻ると戦利品の換金を済ませる。
「全部で四万八千Gか」
「あと四万くらい?」
「そうだね。今日中には貯まるかな」
「ユズって本当に鬼だよね。他の人たちってどれだけ苦労してると思う?」
知らないよ。
モンスターを解体して素材を手に入れるとか、ゲームでは珍しいけどファンタジー物語ではよくあるじゃないか。
それに、わたしは隠れてこそこそ狩りをしているわけではない。第一階層でのキックだって何人の前でやって見せたか分からない。
わたしを「へんなやつ」と片付けてしまう人の方が悪いのだ。
夕食後、全員が揃うと、すぐに迷宮の第三階層へと転移する。工房をいくつも設置していくのに『技術のルビー』の入手を先延ばしにするのは良くないのではということで、一気に全員で突破することにしたのだ。
第三階層のクマやコウモリは強敵だが、伊藤さんを先頭に最短ルートを進んでいけば、ボス部屋まで一時間も掛かりはしなかった。
何事もなくボス部屋の扉の前に到着したのはひとえに伊藤さんのお陰だ。不意打ちしてくる相手に先制攻撃をしかけるとか、もはや言っている意味が分からない状態だ。
「で、今回は何頭出てくると思う?」
「前回、五人で行って二頭だったから、人数にそのまま比例するなら四頭だよね」
現状の情報では、パーティーの人数を二・五で割り、小数点以下を切り上げた数が最大である。
第三回層からはパーティー人数の二乗に比例する。なんてことは、いくら何でもやらないと信じたい。
正直言って五頭以上出たら、無傷での勝利は絶望的だろう。伊藤さんいるし、五頭なら、たぶん勝てはするけど。
チーム分けについて事前に決めてから扉を開ける。当然、みんな氷の魔法をいつでも撃てるように準備をしてだ。
「四頭確認! 撃てーー!」
わたしたちが突入すると同時にケルベロスが雄叫びを上げて立ち上がる。それが終わって戦闘態勢に入るのをまってやりなどはしない。
セコイアの『氷霜球』で動きを鈍くして『氷の槍』を一頭に向けて集中させる。
さすがに六人の魔法が集中するとケルベロスのHPはゴリゴリと減っていく。
詠唱している魔法とは別に、『電撃杖』『氷結杖』『火炎杖』からも威勢良く魔法が飛び出しているのだから尚更だ。
その間に伊藤さんは右端に、ツバキとヒイラギは左端の一頭に向かう。中央の一匹を魔法の集中攻撃で倒して、みんなは左端の応援に行く。
二人とも盾を構えて攻撃を防ぎながら、地道に攻撃を繰り返していたが、ケルベロスのHPは僅かしか減っていない。そこに六人の集中砲火が炸裂する。
残りの一匹はわたしが担当だ。
とはいっても、魔法を撃った後、とにかくひたすら走って逃げ回っている感じだ。何か、よく逃げているような気がするが、気のせいだろう。わたしには、敵の攻撃を防ぐ手段がないのだ。
わたしの手には既に剣はない。ボス部屋に入ったときにあった四本の剣は、すべて牽制のために投げつけて今は地面に転がっている。それを拾っている余裕はない。というか、既にもう、回避する余裕もない。
うぎゃあ! やべえよ! やべえよ!
間一髪で地面を転がりながらケルベロスの攻撃を避けて、さらに横っ飛びに逃げるが、執拗に追いかけてくる。その迫ってくるケルベロスに、至近距離から『氷の槍』が突き刺さる。逃げながらも詠唱はできるのだ。
氷系の魔法は、当たるとコンマ何秒か動きを止める効果がある。その僅かな時間が重要なのだ。必死に距離を取り、次の詠唱に入る。
そうしているうちに、みんなは伊藤さんが相手をしていたケルベロスも撃破したようで、わたしの相手に『氷の槍』が降り注ぐ。二頭目を仕留めたみんなの加勢が間に合った。だが、ほっと一息ついている場合ではない。わたしも詠唱が終わった『氷の槍』を投げつける。
全員の集中砲火に伊藤さんの攻撃が加われば、本当にあっけないものだ。ケルベロスはあっという間にHPを削り切られる結果となった。