042 改善! 頭を使って訓練しないと置いて行かれる
伊藤さんは十中八九は氷の魔法を撃墜できるようになったのに対し、キキョウは五分五分、わたし含めてその他は二割程度の成功率だ。
伊藤さんがログアウトすると、生産組もそれぞれ訓練場がから出て工房や農場で生産に励む。CPを溢れさせているのは勿体ないと言うのは理解できるし反対するつもりもない。
だが、わたしの悔しさは募るばかりだ。
「くそう。何故だ。何が違うって言うんだ……」
「魔法の先端を狙えば良いんだよ」
伊藤さんはそう言っていたのだが、わたしだってそこを狙っている。なのに、わたしにはなかなか上手く斬れないのだ。
「剣が当たっている箇所がズレているからだろうな」
「正確に剣を振る訓練からやった方が良さそうだな」
ツバキとヒイラギは冷静に分析するが、わたしはとても悔しい。生産組のキキョウに剣の腕で負けているのだ。こんな悔しいことはない。
「落ち着けって。焦っても余計に上手くいかないぞ」
ツバキに諭され、深呼吸を三回する。ふう。
「みんな、どうやってやってる? 何を意識してやってる?」
「タイミングを合わせることかな」
「力まずに、正確に剣を振ることだね」
「まず、上手くいくのって、魔法に対して剣が真っ直ぐ当たった場合でしょ? そこをよく見るようにしてる」
みんな色々考えてやっているみたいだ。わたしに一番足りないのは何だろう?
「ユズはタイミングがズレてるように見えるぞ。まあ、俺ができるってわけじゃないけど、その時によって微妙に早かったり遅かったりだな」
「タイミングはなかなかシビアだよね」
むう、タイミングか。
落ち着いて、よく見て、引きつけて、切る。
少しだけ上手くいく確率が上がったような気がする。
四人でどうしたら良い、こうしたら良いと言いあいながら二十四時まで頑張って、撃墜率はなんとか五割を超えるようになった。
ただし、これは氷か炎の魔法の場合だ。電撃は早すぎて対応できないし、風の刃はそもそも目に見えない。
伊藤さんならどうにかできるのかもしれないが、わたしには無理だ。セコイアたちも黙って首を横に振るし、そんなものだろう。
「調子はどうだい?」
「剣の耐久値、五百までは回復したよ」
「おお! ありがとう、ヤナギ!」
一時は耐久値が二ケタにまで落ち込んだ『無傷の勝利者』も、半分まで回復した。ここまで結構CPを使っているらしいが、そのぶん生産スキルの経験値も溜まっているらしい。
「で、古びた剣だけど、こっちは第四段階まで強化してみた」
結果として攻撃力は五百三十五まで上がった。が、元が弱いため、大して戦力アップした気がしない。
「となると、必要なのは元々強い武器か、それを作る材料ってことなのね」
「これより強化の段階を上げるのは材料も要るんだよね。名前からすると、たぶん、錬金工房が必要だよ」
まじか。錬金工房はまだ発見できていない。迷宮の探索を進める必要がるということか。
「本当にやること盛りだくさんだね。魔法を斬るのも上手くいっていないのに、次どうする?」
「農園の様子見てからじゃねえか? あっちも何か進展あるだろ?」
クルミとアンズが喜々として農園に繰り出していってる。あの二人のことだから、絶対張り切ってるだろう。
覗いてみると、畑は半分以上が耕されているが、今なおトラクターは絶賛耕耘中だ。ぐおんぐおんと音を上げながら稼働するトラクターの上からクルミが手を振っている。
ふと横を見ると、膝くらいの高さに木が伸びてきている。私が植えた栗と杉の木だ。これはもう暫く時間が掛かるだろう。桃栗三年柿八年といが、まさか本当に三年かかることもあるまい。
苺と小麦も結構大きくなってきている。が、これがどれくらいの大きさになるものなのかわたしは知らない。
「苺はもう花が咲いて良いくらい。小麦はリアルだとあと一ヶ月くらいで収穫時期なんだけど……」
こちらに駆け寄ってきたアンズが答えてくれる。彼女らは農家というわけではないが、その程度の知識はあるらしい。
「今日はここまでだね」
何故かトラクターで途中で降りてぎゅわぎゅわと消し、クルミもやってきた。
「あんなところで? 随分中途半端じゃない?」
「いや、CP尽きたもので」
「農業スキル上げたいけど、レベルも上げていかないとCP容量きついんだよね」
トラクターで畑を耕すにもCPは必要らしい。そういえば、種を植えるときもCPは減っていた。結構面倒臭いなあ。
「二人とも今レベルいくつ?」
「十七」
「じゃあ、まだ第二階層で上がるね。二十まで上がったら第三階層行きだよ」
「でも、第四階層も行ってみないとな」
「その前に第二階層の探索じゃないのか? 錬金工房探すんだろう?」
おおう。それもやらないと!
左側と奥側の壁は大部分が未調査のままだ。
梯子用の木材もまだ先だ。一日でこのくらいのサイズにしかならないなら、一週間くらいはかかるのかもしれない。
「木材は欲しいのよね。余ってる種、全部植えちゃっていい?」
「柵に沿ってあっちにお願い」
棚に置いてある杉の種をみんなで手分けして植えていく。一つ植えるのにCPを五消費するが、戦闘組はCPは余っている。これくらいならば、どうということはない。
「そう言えば、農園の維持にもCPって必要なんじゃなかったか?」
「忘れてた! 残り全部突っ込んでおくか」
「今日はもうログアウトの時間だしな」
毎日、CPは溢れさせているのだから、ゼロになるまで突っ込んでしまっても問題あるまい。
何も考えずに四人で突っ込んだら三百九十とかになってるし。ちょっと入れ過ぎたか?
この分なら、錬金工房を入手したら、店か工房を建ててしまっても大丈夫かな。
「明日は土曜日だし、わたしは朝から探索やろうと思ってるけどみんなはどうする?」
「朝は無理。オレは昼からだな」
「悪いけど、僕はちょっと用事があるから、早くても夕方からになっちゃうかな」
「いや、別にプライベートを犠牲にしろとか誰も言わないから」
そんな面倒なクランはわたしが嫌だ。楽しく遊びたいのに、何故、ワケの分からないルールに縛られなきゃならんのか。
迷惑行為をしなければ、何でも良いだろう。ソロで突撃したいならしたって構わない。
「あはは、偶にあるよね。そういうのって。超面倒臭いやつ」
「そういうこと言うのって、ゲームの中でしか威張れないやつらだろ?」
MMORPGをやっていれば、そういうのに出くわすものらしい。結構みんな経験があるようだ。
ともあれ。
集合は十九時ということにして、それまでは探索なりレベル上げなり、好きにやれば良いということで話はまとまり、解散となった。
翌朝は、軽く食事を摂って九時すぎにログインする。ホームには誰もいないが、クランメンバー一覧を見ると、ログイン中なのはヤナギだけのようだ。
わたしは探索主体なので、レベル上げをしたいであろうヤナギには敢えて声を掛けずに第二階層へと向かう。
今までの工房を入手した場所を考えると、錬金工房だけ何もなしとは考えづらい。恐らく、かなりの難敵が待ち構えているだろう。
初見で無傷勝利できる可能性は低いが、だからといって危険なことは他の人に任せる、というのではいくらなんでも感じ悪すぎる。
……伊藤さんは、本人が強敵との戦いを望んでいるから良いのだ。
入口から向かって左側の岩壁を斧で叩きながら調査していて見つけた。そう、いきなりの隠し扉だ。