040 圧倒! 格の違いを見せつけろ

「トラクターの性能も分かったし、訓練しようぜ、訓練」

「そうだね。あ、でも、ちょっとだけ種播たねまきしておこう」

自販機で小麦と苺、それに栗と杉の種を買って、今できたばかりの畝の端から播いていく。

「何植えてるの?」

「こっちが苺で、そっちが小麦。これだけで終わりだよ。どれくらいの時間で育つのか知りたいだけだから」

三十センチ間隔くらいで、五個ずつ播いてみた。さて、農薬も肥料もなしでどこまで育つものか。

杉と栗は耕したところとは逆側、入り口から見て右側の方に植えてみる。

とりあえず、こんなところで良いか。何をどれくらい植えるかはアンズとクルミにお任せだし。キキョウとヤナギからリクエストは入るだろうけど、そこはそれだ。

出口に向かうと、扉の上に付いている巨大な水晶玉っぽいものが目に入る。超がつくほど思わせぶりな物体だけど、何だろう? 背伸びをして手を伸ばしても届かない。

「何やってるんだ?」

「いや、アレ何かなって?」

「これか? うお! なんか出たぞ!」

一番の長身男、ヒイラギひょいと手を伸ばすと簡単に届く。ヒイラギって身長いくつあるのよ?

「百八十八だよ」

「うお、わたしより三十センチもでかいのか。で、それ、なに?」

「CPの納付って書いてるぞ。一週間で三百だっけ? 入れておいた方が良いか?」

一時間で十回復するし、二、三時間ぶんは入れておいた方が良いだろう。余って捨ててしまうくらいなら使った方が良い。わたしはとりあえず五十入れておく。手が届かないので、抱き上げてもらってだ。

これ、背が高い人がいないクランだったらどうするんだろう?

まあいいや。

農園ファームを出ると、頭を切り替える。

やることはいっぱいある。

まず生産組の第三階層突破が目下の課題だ。そして次に、湖畔レイクサイドを設置すると、扉が全部埋まってしまう。他の工房も設置することを考えると、工房用の建物を買わなきゃならない。錬金工房に関しては探すところからスタートだ。

みんなの装備は強化していきたいし、わたしの剣も鍛え直して耐久値を回復させておきたい。

そのためにも、戦力アップはできるだけしておきたい。

ただし、第三層攻略だけに的を絞れば、やることは明白だ。

「んじゃ、歩法の復習からね。基本ができてないと、一瞬でやられると思った方が良い」

「そんなに強いの?」

「ボスはかなり強いよ。伊藤さん抜きだと、ノーダメージ記録は終わると思う」

「ボスじゃなくても、クマやコウモリも簡単じゃあないしな。っていうか、第二階層よりちょっと強いくらいのイメージだと、すぐにやられるぞ」

「勝てるかなあ?」

「作戦は考えるよ」

だが、その前にとにかく訓練だ。魔法の詠唱と効果範囲を覚え、剣を振る練習もする。魔法主体とはいっても、接近されたら何もできないのでは困るのだ。

魔法と耐性のスキルを習得するのは簡単だが、剣の技術スキルを身に付けるのは一朝一夕というわけにはいかない。それでも、何度も実戦形式でやれば間合いの感覚は掴めるし、牽制のために剣を振り回すくらいはできるようになる。

別に一人で魔物を撃退することができなくても良い。足を引っ張らずに数秒間耐え凌げる力があれば、伊藤さん抜きでもボス部屋までは行けるだろう。その先の戦術は考える必要があるのだが。

翌日は伊藤さんと一緒に、全員で闘技場へ行く。伊藤さんの眼鏡に適う人はいないだろうけれど、見どころがありそうな人がいるかは分からない。

「どれどれ、強そうな人はいるかな?」

「今、戦ってるのは三人か。見てる奴は結構いるんだな」

空いているモニターは七つあるが、見ている人たちは誰も参加しようとしない。自信が無いのか、手の内を晒したくないのか数十人がモニターを見ながらワイワイやっているだけだ。

「確かにパッとしないわね」

「わたしでも十分勝てそうだもんなあ」

伊藤さんとそんな話をしていると、見たことのある男がやってきた。

「おい、雑木林! 勝負しろ!」

「この人は強いの?」

「昨日、瞬殺した」

「卑怯臭い手を使っておいて、瞬殺言うな!」

鼻息荒く突っかかってくる男に「私が相手をしてやろう」と伊藤さんが迫る。伊藤さんは身長百八十センチくらいあるからね。迫られると結構怖いよ。

「おお? アンタも雑木林か! ボコボコにしてやるぜ! 同じ手は通用しねえぞ!」

男は息巻くが、伊藤さんをボコボコにするなんて百人で囲んでも無理だろう。あの狼の群れを相手に、ダメージを一つも受けなかった人だぞ。いや、もはや人であるかすら疑わしい。

ルームFということで、パネルを操作すると二人の姿がかき消える。

正面にあるモニターの一つが『対戦準備中』となり、三十秒待ってから中の様子が映し出される。相手の男は左右の手にそれぞれ剣を握っているのに対し、伊藤さんは棒立ちというか仁王立ちだ。

カウンドダウンがゼロになった直後に、男は二本の剣を投げ放つ。そして一気に距離を詰めていくが、伊藤さんは飛んできた剣をいともあっさりと掴み取った。

まあ、伊藤さんにやられたことだからね。それで伊藤さんの意表はつけないよ。

だが、そうなることは想像もしなかったのだろうか。男の動きは大きく乱れる。伊藤さんは受け取った剣を放り捨てて踏み込み、男にラリアットを食らわせる。そして、そのまま大外刈りだ。

「一本!」

足を跳ねあげられた男がきれいに背中から地面に叩きつけられ、思わず叫んでしまった。「柔道じゃねえだろ」というツッコミも飛んでくるが、「分かるー」という声も聞こえる。

そして男は慌てて起き上がろうとするが、伊藤さんの蹴りがそれを許さない。柔道の試合ならばこの光景はありえないが、これは柔道ではない。武器を使おうが火や毒の魔法を使おうが構わないルール無用の殺し合いだ。

伊藤さんにボコボコに蹴られて男のHPはあっさりと尽きた。

「ちくしょお! テメエ、ズルイぞ!」

戻ってくるなり喚くが、伊藤さんは何もズルなどしていないだろう。ただ、強いだけだ。それはもう、とんでもなく強いだけだ。吠えるだけの敗者は無視して、五分ほど観戦してみるが、どうにもレベルが低い。魔法使い同士の戦いとかちょっと期待したのだが、詠唱の分だけ間延びしてつまらなかった。

「面白い戦いができるようになるのは、もうちょっと先かしらね」

「剣とか魔法のスキルレベルが上がるのを期待するしかないね」

そんなことを言っていたら、視線が突き刺さる気がするので、わたしも一戦やっていくことにした。

参加する前に『無防の力』は外しておく。こいつは、どんな攻撃でも喰らったら一撃死してしまうようになる危険な装備だ。防具とは言い難い性能の代物である。ついでに『無傷の勝利者』も外しておく。チート装備のおかげで勝てた、なんて言われてもつまらない。

対戦相手は、盾を持った剣士だった。似たようなスタイルのツバキとヒイラギを見ているし、動き方はだいたい分かる。ならば、有効な戦術も分かる。

右寄り、相手から見れば盾を持つ左側へと回り込むように距離を詰めて、その盾を目掛けて蹴りを放つ。わざとに盾に向かって何度か攻撃を仕掛け、そして、電撃を放つ。

「ぐあっ」

盾越しに思い切りダメージをくらい、一瞬怯んだところに盾を思い切り突き飛ばす。そしてバランスを崩した喉元に剣を突き刺せば勝負は決まった。

「まだまだ初心者レベルかな」

戻ってきたわたしの言葉に何人かが反応するが、ツバキやヒイラギ相手だと、あんな程度じゃ勝てない。彼らは、もはや、電撃一発で怯んでなどくれないだろう。そんなことをしている間に、逆に盾で殴りかかってくる。

「わたしはこれからレベル上げだから、みんなも頑張ってね」

それだけ言って闘技場を後にする。遠くでギャーギャー喚いたり陰口を叩いている奴らに構っている暇はない。「直接、私に戦いを申し込んでくる者はいなかったか」と呟く伊藤さんの声はとても残念そうだ。

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