039 瞬殺! 闘技場デビュー戦
「トラクターを畑で使うのは分かってるよ! 農園持ってなかったら意味ねえって言ってるんだよ!」
「早速設置したっす」
大声でツッコミを入れてくる男に、クルミは親指を立てて自慢げに言う。
「かなり広いっす」
「は? えぇ? 設置した……、って、あああああアンタら雑木林か!」
「なんで分かったの?」
アンズは不思議そうに言うが、現在、設立されているクランは私たちの『雑木林』だけしかない。周囲は空き地ばかりので、家が建てばすぐに分かる。
「他にクランはまだ無いからな。雑木林に決まってる」
「あれ、そうだっけ?」
クルミが呆けたことを言うが、私はさらにふざけたことを言ってやる。
「バレてしまったのなら仕方がない。貴様にはここで死んでもらう」
「な、なんだとぉ?」
悪役台詞に相手の男は狼狽たような声を出すが、街の中ではプレイヤーキルはできない。そしてアンズとクルミが「ゴゴゴ……」「ドドド……」などと効果音を口から発しているが、ちっとも迫力はない。二人とも、声が可愛らしいのだ。
「まあ、冗談は置いとくとして、一戦、やっていかない?」
「お? 良いぜ。トッププレーヤーってのがどれ程のものか見てやるよ」
あんまり強そうな雰囲気もないし、勝負を吹っかけたら男は乗ってきた。パネルを操作して、個人戦を開き、ルームを指定する。
「Bで良いでしょ?」
「ああ」
草原や岩場、水辺などいろいろなタイプのルームがあるが、指定したのは草原タイプだ。誰もエントリーしていないところだから、二人でエントリーすれば間違いなくマッチングするだろう。
すぐに「対戦相手が決まりました」とアナウンスが流れて視界が真っ白になる。
「準備時間は三十秒です」
周囲が真っ白のままアナウンスが流れる。わたしはインベントリから剣を一本抜いて構える。それで準備完了だ。三十秒もいらないね。
『三、二、一、ファイト!』
身動きできない状態でカウントダウンが始まり、真っ白だった視界に色が戻っていく。そして、開始の合図と同時に身体が自由に動くようになった。
その直後、わたしは手に持っていた装備していない剣を相手に向かって力一杯投げつける。相手が驚き、剣を振って弾き落とす。
……計画通り!
投げた剣に相手の意識が向いているうちに、わたしは左右の剣を抜いて距離を一気に詰める。
「どぅおりゃ!」
「うおあ!」
叫びながら予備動作たっぷりに右上から振り下ろした剣は、慌てて構えた剣で防がれた。そして相手のHPは一気にゼロになる。
「ハッハーー! 瞬殺だね!」
わたしの左の剣はオレンジ色の光を伴って喉元を捉えたのだ。これで死なないはずがない。
初見で伊藤さんの卑怯技は防げないのだよ。わたしも瞬殺喰らったからね!
落ちた剣を回収すると、わたしは白い光に包まれて受付前に戻ってきた。
「何なんだよ今のは! 卑怯だろ!」
「え? 何が?」
「なんで剣三本も持ってるんだよ!」
「何でって言われても、持ってるからとしか言いようがないんだけど?」
「そうじゃなくて、装備できねえだろ!」
「いや、持てば持てるって。装備できないだけで」
そんなことも知らなかったのか。いや、知っていたらクラン設立くらいできるか。迂闊だったかな。これくらいならと思ったけど、今、見せない方が良かったも……
「くそっ! もう一戦だ!」
「お断りするわ。大会イベントまでにあまり手の内晒したくないしね。対策されちゃうでしょ? 瞬殺される方は何も見せてないから気楽で良いんでしょうけど」
わたしがそう言ってやると、男はキョロキョロと周囲を見回す。様子を伺うように遠巻きに取り囲んでいる人たちは、大会があれば競争相手になるはずだ。
「大会がいつあるかなんて分かるのかよ?」
「近いうちって話は聞いたけど。ゲームマスターに」
「なんでゲームマスターから聞いてるんだよ……」
「ちょっと、バグ見つけてね、報告したときに雑談程度に近いうちにやるよって聞いただけ」
イベントの発表はまだ無いが、常識的に考えれば闘技場があるのだから、大会が開催されるのは想像がつくだろうと思っていたのだが、そうでもなかったのか? まあ、この情報は別に渡してしまっても問題ないし、ゲームマスターも秘密だとは言っていなかったから大丈夫だろう。
それ以上、名も知らぬ男の相手をしてやる義理もない。
みんな景品も確認したということで、闘技場を後にする。生産組はもちろん戦闘組も今日は対戦はなしだ。モニターに映ってる様子からすると、あまり強そうな人はいないし、見ていても面白みが少ない。
「意外と大したことなさそうだったな」
ホームに戻ると、ツバキがポツリと漏らす。ツバキとヒイラギは間近で伊藤さんの剣技を見ている。どうしてもあれと比較してしまうのだろうが、伊藤さんはどう考えても達人だ。絶対一般ピープルじゃない。今更それは疑いようがない。
そして、それよりも大事なことがある。
「ちょっと待って、アンズとクルミ」
足取り軽やかに早速農園に向かおうとする二人を呼び止める。
「念願の農園だし、トラクターとか見てからで良いけど、軽く済ませたら特訓した方が良いと思う」
「どうして?」
「スキルの問題。第三階層をクリアしないと、たぶん、必要なスキルが取れない」
『技術のルビー』が未取得だと、初歩的なスキルすら取れない可能性があるし、所持できるスキルの枠が足りなくなると思う。持てるスキルの数の上限が二十では少なすぎる。
まだ、全部で十六しかスキルを持っていないから二十個しか枠がないのかと思っていたのだが、違ったのだ。
『技術のルビー』を取った後は枠が一気に二百に拡張されている。これもそのうち足りなくなりそうな気はするが、まだまだ先のことだろう。
「ぅぇぇぇ」
わたしの説明に、二人はとても、とても残念そうな声を出す。意気消沈した様子でいたが、それも、農園でトラクターを出すまでだった。
アンズがメニューを開いてパネルをぽちぽちとやると、何も無い空間に突如ゲートが出現し、ギュワギュワという効果音とともにトラクターが出てきた。
スタイリッシュな赤のボディは四輪を備えた一人乗りのものだ。
早速アンズが乗り込み何やら操作すると、機体の後方に光が集まり作業機が装着された状態となる。
そして動きだすと、二メートルほどの幅で地面が耕されていく。同時に畝まで作られる便利仕様だ。
十メートルほど進んでトラクターが止まる。そして作業機が光に包まれて姿を変えていく。二度、三度と作業機が切り替えられ、最後に消えるとアンズが降りてきた。
そして耕された土を触って畑の具合を確認する。
「おお、良い感じだ……!」
「アンズ、他に何ができるの? このトラクターは」
「農薬を撒いたり、刈り入れもできるみたい、あと、運搬だね」
「農薬かあ、無農薬にしたい気もするけど」
「無農薬で病気対策とかメチャメチャ大変だよ?」
何故そんな話題で女の子が盛り上がれるのか謎だが、二人は興奮気味に農業について語り合い始めた。