037 強敵! ケルベロス
飛んで火に入る夏の虫とはよく言ったものだ。
狼の群は爆炎級の効果範囲に次々と飛び込んで、大きくHPを減らして落ちてくる。右側からくるやつらも、わたしとセコイアの『地雷』と『爆炎球』で吹っ飛び地面を転がる。それで死にはしないが、勢いを完全に殺してしまえ十分だ。
わたしの前まで無傷で到達できた先頭の二匹も、左右の剣で連続攻撃を放ってやれば反撃が来る前に倒すことができた。防御力が低いのかHPが低いのか、三発当てれば死ぬ。近接での動きも比較的単純だし、数をどうにかできれば、勝てない相手ではない。
伊藤さんの方は相変わらずだ。集団でやってくる狼を正面に、物凄い勢いで斬り伏せていく。背後からの奇襲対策はツバキに任せておき、わたしは前からの敵に集中する。上からの攻撃がなくなっても、通路の外にはまだ十以上の狼が群がっている。
数が更に減ると、狼は突撃を止めて距離を取って囲む作戦にでる。群れの数で行動パターンが変わるとは面倒な!
だが、向こうが距離を取るなら、こっちは魔法を撃つだけだ。『爆炎球』を包囲の右側に叩き込んでやると、群れは一気に動いた。
地を駆けるやつと、跳躍して上からくるやつ。波状攻撃で当たるつもりなのだろうが、少し後ろに下がればそれだけで意味が無くなる。広場の中央で完全に包囲されてたらヤバかっただろうけれど、最初に通路に逃げ込んだわたしたちには、狼の戦術はその効果が激減している。側面攻撃の心配ないというのは、本当に対処がしやすい。
目標に回避されて狼が虚しく着地、などさせない。その前に、下から振り上げた刃がその首を断つ。
って、え? 狼の首が! 首ちょんぱに! これ、何かの素材になるの?
いや、考えるのは後だ。伊藤さんと並んで突っ込んできた狼をバッサバッサと斬り捨てていく。
敵の数はどんどんと減っていき、鏖殺の赤い光も消える。敵の数が五十を切ったということか。そして、狼の動きのパターンがまた変わる。
分散して大きく距離を取り、一斉にこちらに向かってくる。
「正面に突撃!」
狼たちの半数ほどが大きく跳躍したところで、伊藤さんが突如号令を出した。作戦の詳細は良く分からないが、駆けだした伊藤さんについていく。セコイアたちもすぐに走りだし、伊藤さんは次の指示を出す。
「魔法は左右の地上に!」
詠唱を終えた『爆炎球』や『地雷』が疾走してくる狼を吹き飛ばすがすべてとはいかない。それでも勢いよく私たちに迫った来る狼は僅かに六。対処できない数じゃない。
正面からくる三頭を伊藤さんが切り伏せれば、こちらは一人余る。私も一頭を倒し、ツバキとヒイラギも盾を使って狼を押さえ込んで止めを刺す。セコイアは着地して反転してきた狼に『地雷』を放つ。
少し遅れてわたしの『地雷』が右側の狼を吹っ飛ばし、ツバキとヒイラギも同じく『地雷』で左から来る狼を吹っ飛ばす。
お陰で狼はバラバラと襲い掛かってくるが、これは波状攻撃とは言えない。単に攻撃が分散されているだけだ。
伊藤さんは余裕で一頭ずつ撃破していくし、わたしだって頑張っちゃうよ!
「ふう、やっと終わった」
狼の群を全滅させ、ほっと一息つく。いや、本当に三百かはわからないけれど、チビデブの巣と同じなら三百だ。
「途中で何かスキル取ったとか言われたわ」
「あ、鏖殺でしょ。敵の数が十倍以上いると剣の長さが倍になるのよ」
「……別に要らないわ。自分で制御できない力は邪魔なだけよ」
伊藤さんはその辺は、とても合理的でドライな考え方をする。とことんリスクを避け、確実性を優先すると言った方が正しいかもしれない。
周囲を見回すと、結構伊藤さんが刎ね飛ばしていたらしく、狼の首が幾つも転がっていた。何に使えるのか知らないが、取り敢えず首を回収して部屋の中を探索する。
「全然、何も無いんだけど」
「出口は狼たちが来たところだけか。行ってみるか?」
「うーん、ちょっとあれ高すぎない? やっぱり梯子が欲しいよ」
見上げる横穴は、高さ四メートルほどのところにある。周囲の岩壁は凹凸が少なく、よじ登るのも難しそうだ。
「それに、正規のボス行きじゃあないよ。下手したら封鎖された裏ボス行きだよ?」
「それは嫌だな。ボス行きの道を探すか」
元来た道を分岐点まで戻り、まだ行ったことのない道へ足を進めていく。相変わらずクマとコウモリが鬱陶しいほど出てくるが、狼が出てきたのはあの部屋だけだ。マップで上に、上にと向かうように進んでいくと、ボス部屋の前に辿り着いた。
「どうする? ボスやる? 明日みんなで来る?」
「みんなで来るメリットってあるの?」
「残念ながら、伊藤さんにはないです。けど、勝てば初回ボーナスだろうし、声もかけないのは仲間としてどうかと思うのよ」
それなら聞いてみようということでボイスメールを送るが、「遠慮しておく」という答えだった。第三階層のボスなら相当に強いことが予想されるし、足を引っ張る自信があるらしい。
「じゃあ、行ってみよう。さて、何が出るかな?」
こたえ。
体長三メートルくらいある三つ首の狼、ケルベロス的なやつだ。それが二体である。
「氷を!」
ケルベロスって火を吐くイメージがあるし、氷の方が効きそうな気がする。ただし、杖を振るだけのセコイアの電撃は射程に入り次第放たれる。
そして、氷の槍が飛んでいくが、二匹の獣は簡単に躱してしまった。だが甘いよ。わたしの氷の槍は避けた先を狙っている。
それでも頑張って避けるように動き、もたついたところに伊藤さんが肉薄する。一気に連撃を叩き込み、ケルベロスのHPを物凄い勢いで減らしていくが、さすがにそのまま倒しきるところまではいかなかった。
大きく横に跳んで距離を取ると、口から炎を溢れさせる。
「スイッチ!」
叫んでわたしの意図を汲み、セコイアは正面のやつを無視して伊藤さんに相対する一匹に向けて氷の槍を放つ。そして伊藤さんは左へと跳躍してツバキとヒイラギに向かっているケルベロスに横から切りかかる。
ケルベロスが火球を吐きだすのと、わたしの『岩槍』がケルベロスを下から突き飛ばすのはほぼ同時だった。火球の狙いは逸れて、避けるのは比較的容易だ。詠唱しながら地を蹴り、ケルベロスに魔法を叩き込む。
ダメージを重ね、HPが半分を切ると、ケルベロスの行動パターンが変わった。
大きく走り回りながら、小さな火球を次々と撒き散らしていくのだ。
くそ! やめれ! わたしのノーダメージ記録ががが!
飛んでくる火の玉を必死で避けつつ『氷の槍』を撃っていくが、向こうも俊敏に動き回るため、なかなか当たらない。ならば、範囲魔法だよ!
「ヴァセ、エイリエ、オレンソール、ハルファ、ゼノネシア!」
早口に氷の範囲魔法『氷霜球』を撃ち、敵の移動範囲を狭める。いや、構わず突っ込んできたぞ?
ダメージ受けた上に、動きが遅くなってくれるんだから好都合だ。みんなの氷の魔法がケルベロスに向かって飛んでいく。
そして、横から断末魔の声が響いた。
伊藤さんの猛攻に耐えられずにもう一匹がやられたのだろう。わたしたちの前の一匹ももうすぐだ。
「くたばれ!」
叫んでわたしは右手の剣を投げつける。飛んでいった剣はケルベロスの背に突き刺さり、HPはゼロになった。
だがまだだ、まだ終わってない!
死の間際に放った火球を完全に避ける必要がある。こんなのに当たってノーダメージ記録が切れるのは嫌だ!
無事にやり過ごし、剣を回収すると奥の小部屋に向かう。今回は素材は何も取れなかった。戦うのに必死で、そんなことをしている余裕は全くなかった。
奥への入口は、探し回る必要も無いくらい、分かりやすく開いている。
入口を抜けると、いつものファンファーレが鳴り、五つの宝箱がスポットライトに照らされる。
もう、何度目だろう、これ。
さすがにもう慣れたし、自分の名前の箱をさっさと開ける。