036 調査! 情報がすくなすぎる
一時間半ほど第三階層の探索を進めたのだが、ボス部屋は見つからなかった。それでも二十一時になれば伊藤さんはログアウトしていく。
「これからどうする?」
「もうちょっと魔法を覚えた方が良いかも」
「他に何か魔法ってあったっけ?」
「範囲魔法だよ。単体魔法だと敵を見つけてからじゃないと効果が無いけれど、範囲魔法なら方向だけで撃ってしまえるでしょ?」
なるほど。探すのにかかる時間を減らすことで攻撃回数を増やしたいということか。それに、コウモリとか範囲で攻撃した方が楽かもしれない。
「じゃあ、買ってこようか」
と言ったものの、魔法屋に向かう前に、一度鍛冶工房に顔を出しておく。
「やっほー、帰ったよ」
「おう、お帰り。どうだった? 第三階層のボス部屋は見つかった?」
「ボス部屋はまだだね。大分、戦えるようになったけど、難易度マジ高いって」
鍛冶工房を覗いてみると、生産組が揃って鍛冶工房で剣の鍛え直しをしていた。なんでみんなで同じことをしているのだろう?
「そこの剣を見てくれ」
サカキが指したのは棚にある四本の剣だ。
「これがどうしたの?」
どう見ても第一階層のボスの動く鎧から奪った『古びた剣』だ。
「いや、全部プラス一なんだ。だけど、攻撃力が違う」
言われて、インベントリに入れてみると、名前の横に強化段階が加わり、攻撃力は五百二だった。元が五百のはずだから、二しか上がっていない。
「こっちは五百八だよ? なんで?」
「強化前の耐久度の差だ」
試してみた結果、耐久度が減っている状態で強化しても攻撃力の伸びが悪いらしい。ということで、最大まで耐久度を回復させてから強化してみることにしたという。
「あ、でも、わたしの剣も回復させてほしいんだけど……」
『無傷の勝利者』の耐久値が百を切っている。このままではヤバい。ゼロになった後、回復できるかも分からないのだ。
「ああ、構わないぜ。でも、この剣なくて大丈夫なのか?」
「これから魔法の特訓だから平気」
「なるほどな」
装備を外して渡してやると、鞘から抜かれて炉に放り込まれる。あとは任せておくしかないだろう。わたしたちは魔法屋へと向かう。
買う魔法は一種類につき一つずつ。同じ魔法を人数分買うのはお金の無駄だ。種類は色々あるのだが、最終的に買ったのは『爆炎球』『氷霜球』『電陣』『鋭旋風』『地雷』『岩槍』の六つだ。『毒泡』なんてのもあるが、なんとなく使う気がしない。
訓練場に入ると、互いに魔法を撃ちあう。訓練場の中でもスキル習得できることは既に分かっているのだから、ここでガンガン使って、魔法スキルは全部習得しておいた方が良いだろう。
ということで一時間ほど頑張っていたら、何故か魔法耐性も手に入れた。
「スキルとか耐性とか、どんだけ種類あるんだろう?」
「そういう一覧とか全然ないもんね。物理属性だって三種類とは限らないかもだよ」
現実での一般的な格闘技では、斬撃や刺突は無いが代わりに関節技や絞め技があったりする。圧力をかけて押し潰すとか、体の一部を掴んで引っ張るという手段でもダメージを与えられる。
そういったことが、どこまでゲームに組み込まれているのかは定かではない。
「関節技、やってみるか?」
「どの程度効くのかは、知っておいた方が良いよね。闘技場がオープンしたら対人戦やることになるし」
ということでやってみたら、ある程度は効果があるが、一度の関節技で与えられるダメージには上限があることが分かった。固めたらそれで勝利確定にはならないらしい。
「魔法の訓練じゃなかったのか?」
寝技を色々試しているところに、サカキたちがやってきて呆れたように言う。
「対人戦やる前に、何が効果的か知っておきたいだけよ」
「対人戦なんてあるのか?」
「まだオープンしていないけど、闘技場があるだろ」
本当に戦うことに興味が無いようで、すっかり忘れていたとばかりにサカキはぽんと手を打つ。
「で、そっちはどうしたんだ?」
「CPが尽きた」
「生産でもCPって使うんだよね。で、もうすっからかん」
ということで魔法の練習に来たらしい。
「じゃあ、僕は毒魔法買ってくるよ。みんなやってて」
毒も耐性を得ておくべきだとセコイアが買い物に行き、わたしたちは魔道書を交換して魔法の撃ちあいに戻る。
そして二十四時まで魔法の訓練を続けて、魔法はそれぞれレベル二になり、炎、氷、雷、毒と四属性の耐性を手に入れたのだった。
それは良いんだけれど、何故か、風と土は耐性を得ることができなかった。これらは物理ダメージに属しているということだろうか。
翌日も、十九時にログインして迷宮へと向かう。
生産組は第二階層でレベル上げらしい。CPは増やさないと、ろくに生産活動もできないということだ。
わたしたち戦闘・探索組は伊藤さん含めて五人で第三階層の攻略だ。農園ゲットには第三階層突破が条件とされたのだから、早めに達成したいのだ。
既知の道は足早に進み、未知のエリアをどんどん塗りつぶしていく。敵が姿を見せる前から範囲魔法を叩き込むことで、ダメージを与える効率も上がり、その分だけ前に進むスピードも増している。
枝分かれした道を進んでは戻りを繰り返していると、第三階層では初めて広い部屋に出た。
「お? 何だここ?」
「ボス部屋くらいありそうだね」
「でも敵がいないよ?」
今までのように足音も聞こえないし、動くものの影もない。左右だけではなく、上の方まで見上げてみても、モンスターの気配が無いのだ。
「罠には気を付けてね」
「ああ、けど、何もねえぞ?」
特に柱などの障害物もなく、見通しは良い。不意打ちはしづらい場所だ。
と思ったのも束の間、伊藤さんが叫ぶ。
「通路に戻って! いっぱい来るわ!」
何処から? なんて聞くだけ意味がない。伊藤さんが警告するってことは、かなりヤバいということだ。ダッシュで元の通路に引き返していると、答えもすぐに分かった。
わたしたちが出てきた道のすぐ斜め上に別の道があったのだ。その奥からいくつもの影が飛び出してくる。ジャーマンシェパードサイズの犬だか狼だ。
いや、いくつもの、なんて生易しい数じゃない。軽く百は超えているんじゃないかという数の獣が押し寄せてきた。これはまさか、三百部屋か!
わたしが通路に辿り着いて振り返ると、ギャウン、ギャワン、と悲鳴が聞こえてくる。見ると伊藤さんが数え切れないほどの狼に囲まれている。そしてセコイアとわたしが投げ放つ『炎の槍』の隙間を縫うように、ツバキとヒイラギが通路に飛び込んで来た。
わたしはさらに範囲型の火魔法『爆炎球』を放ち、『無傷の勝利者』を構える。伊藤さんに向かった狼の数は多いが、こちらにも来ている。
セコイアは『電撃杖』を振り、ツバキとヒイラギも魔法を放つ。訓練場で何度も使ったのだ、みんな魔法の効果範囲は分かっている。伊藤さんを巻き込まないように狼の群れを焼いていく。
魔法から逃れた狼が散発的に襲いかかってくるが、一々恐れるほどのことはない。左右の剣を上下に構えて待ち受け、飛びかかってきたところを後ろに下がりながらカウンターを決めればそれで狼のHPはゼロになる。
鏖殺が発動して、わたしの『無傷の勝利者』は赤い光を放ち、その長さが二倍になっているし、割と余裕で戦えている。間合いが伸びるってメチャメチャ便利だよ。
狼の一番怖いのは集団で連携をとった攻撃をしてくることだ。剣で迎撃しながら詠唱し、わたしもどんどん『爆炎球』を投げていく。四人で撃ちまくれば魔法だけで死んでいく狼も多い。
百以上、恐らく三百いた狼の群れはどんどんと数を減らしていき、半分ほどになったくらいで群れの動きが変わった。
一度、わたしたちから距離を取り、広間の中央に集まっていく。そして群れを三つに分けて正面と左右の側面の同時攻撃を仕掛けようとこちらに迫って来る。
だが、その隙に伊藤さんも横道に戻ってきている。というか、この人あれだけの数を相手に無傷だぞ⁉ おかしいだろ!
「上から来る!」
あまりのことに驚愕していると、伊藤さんが叫ぶ。それと同時に、正面から向かってくる狼が高々と跳躍した。
「撃てーー!」
とりあえず先頭を狙っても既に遅いということで、三番目の狼を狙って『爆炎球』を放つ。そして先頭の落下ポイントを狙って剣を突き出す。伊藤さんには左から地を駆けてくる一団の対応をしてもらう。