034 接戦! えっと、わたしだけね……
「そろそろ時間だし、一旦ホームに集まりたいんだけど」
ボイスメールをみんなに送ると、「了解」と返事がきた。『帰還の水晶』を使えばクランホームへ一瞬で帰ることができる。とりあえず鍛冶工房で『古びたダガー』を溶かしていく。奪ったダガーは百十三本もあった。結構やったんだな。
ダガーをどんどん溶かしていると、みんな帰ってきて順番に作業をしていく。これで鉄のインゴットは全部で百個くらいになるはずだ。サカキが練習用の武器を作るには十分だろう。
「で、みんなどうだった? わたしは新しい横道を見つけたよ。あと、忘れてたけど第一階層の裏ボスここね」
言いながらクランのマップを開き、場所をマークする。みんなでマップの位置を確認できるのは便利だ。
「すまん、俺は収穫無しだ」
別に謝る必要はないだろう。見落としまくってるなら別だけど、こんなのは運だ。担当したエリアに何も無かったのは「運が悪かった」以外の何物でもない。
「一応、宝箱は見つけたよ。大したものは入ってなかったけど」
そう言いながらセコイアが出したのは直径三十センチほどの円い盾だった。
「微妙だなこれは。無いよりはマシなのか? 溶かしてしまうか?」
「溶かすのは、有効な使い方があるか伊藤さんに聞いてみてからにした方が良いんじゃないかな」
確かに、あの人ならこの盾でも有効な戦術を教えてくれるかもしれない。ゴミって言われる可能性もあるけど。
その他には、ヤナギが見つけた『氷結杖』『火炎杖』と、クルミが見つけた隠し通路が収穫だ。
何も見つけられなかったひとたちは残念そうにするが、こればかりは仕方が無い。
「じゃあ、明日は裏ボスから行こうか。初見のボスは、伊藤さんがいないとね」
そして、翌日はクランメンバー全員でゾロゾロと第一階層の脇道を進んでいく。出てくるチビデブは、剣を抜くまでもなく伊藤さんに蹴り殺される。
伊藤さんはキックでもクリティカルヒットを忘れない。何連続で出してるんだろう? 絶対、変なスキル取ってるよこの人。
「こんな所に道があったのかよ?」
「この程度は序の口。しっかりと探索していれば誰でも発見できる」
見つけづらい岩の隙間に進んでいくとサカキが驚いたようにいうが、隠し扉はこんなものの比じゃない。ええと、右に折れて、下ってもう一度折れた所。
「確か、このへんに……。あった!」
ボタンをポチッと押すと、岩壁に通路が現れる。
「本当にこれ、あると分かってないと絶対見つけられないよね」
「壁を叩いていれば分かるんだから、用心深い人なら見つけられるんじゃないかな」
でも、そのうち、壁叩いたら発動する罠とか出てくるんだろうなあ……
隠し扉を抜ければ、数十メートルほどの通路を抜けた先にそれはある。
「おおお、ボス部屋っぽい扉だ」
「本当にあったんだな」
驚きの声を上げながらも、みんな装備を確認して戦いに備える。
「えーと、わたしの予想では、通常のボスの二倍の数の敵がでてきます。今、十人だから、敵は四十だね」
「多すぎだろ!」
「みんなが相手にするのは、手前の八体。伊藤さんは右側、手前の四つは無視して五番目からガンガン殺っちゃってください。わたしは左側いきます」
「攻略法は?」
「いつも通り、動く前に蹴り倒して武器を奪う。んでタコ殴り」
「じゃあ、これは渡した方が良いか」
そう言ってヒイラギは斧を一本取り出すとサカキに手渡す。
「鎧には剣よりもコイツの方が効きやすい。思い切り頼むな」
敵はフルプレートだし、貫通や斬撃の耐性は高く設定されているのだろう。わたしや伊藤さんの剣は攻撃力の高さでどうとでもなるが、彼らの剣では効果が薄い。各人が武器を持ち替え、魔法の詠唱を始める。
「準備は良い? 開けるよ」
全員が頷き、わたしは扉を開ける。そして。
「多ッッ!」
扉を開けてすぐからズラっと並ぶ鎧に、わたしは思わず叫んでしまう。予想通りの数ではあるが、実際に見ると中々の威圧感だ。だが、予想が本当に的中しているか悠長に数えている余裕は無い。
鎧たちが動き出す前からガッシャンガッシャンと手前から蹴り倒していく中、わたしは少し奥まで走る。
「だりゃあああああ!」
「死ねい!」
ひたすら叫びながら、敵の数を減らしていく。右側の列ではオレンジ色の光を派手に飛ばしながら、伊藤さんが恐ろしい勢いで鎧を屠っていく。
わたしもどんどんと倒していくが、鎧が抜剣してからはスピードが落ちる。くそ、やばい。いっぱいこっち来るよ!
「一旦、入り口に戻れ。あまりバラけるな!」
後ろの方では、ツバキが叫び、指揮を執っている。わたしには振り返って確認する余裕などない。剣を手に迫ってくる七体を相手にしなければならないのだ。
あれ? 七体? 少なくね? 残りの数はもうちょっと多かったはずだよ?
もしかして、伊藤さんの方にいっぱい向かってる?
だが、人のことを気にしてる余裕なんてない。伊藤さんなら大丈夫だろう。きっと。わたしは自分のことに集中だ。
囲まれないように移動しながら、倒すために必死に動き回る。
右から来た振り下ろしをバックステップして避け、身体を右に向けながら胴を薙ぐ。その横を抜けるように足を踏み出し、身体はそのまま右回りに回転させつつ両の剣で防御体勢を取る。
狙い通り。こいつらの動きはかなり単調だ。大上段から振り下ろされた一撃を止め、右側に跳ね除けて左手の剣を頭部に叩き込む。さらに踏み込んで右の突きを入れると鎧のHPがゼロになる。
よし、あと六! 右側のやつの横薙ぎを右手の剣で受け止めて、左の突きを放てば残りは五だ。よし、いけてる!
一旦後ろに下がって距離を取り、鎧が突っ込んでくるところで左に跳ぶ。
んで、右手剣を大きく振るがハズレ。ええい、そのまま左だ!
今度は当たった。
しかし、手間取った隙に後ろ側にいた奴も左から回り込んでこようとしている。マズイまずい、三対一は無理だって!
「来るな! 来るなーー!」
叫んでみたところで鎧が止まるわけもない。ええい、一か八か!
三体が揃って剣を振り上げ、わたしは体勢を低くして剣を逆手に構えて中央の鎧の足下にタックルをかます。そのまま立ち上がりながら鎧を突き飛ばして、すぐ左の奴に斬りかかる。一撃! 二撃! 三撃!
うっしゃ! 切り抜けた!
振り返りながら構えると、伊藤さんが鎧の背後から斬りかかり、一瞬で残り一体となったところだった。
伊藤さん、あなた、早すぎやねん。
伊藤さんの方を振り向こうとした鎧に斬りかかれば、勝負は一瞬で決まる。
だが、戦いはまだ終わっていない。入り口の八人の方はまだ二体残っている。が、心配することもなさそうだ。まあ、剣を奪われた鎧は、大した脅威じゃないからね。
斧の攻撃を食らって、鎧が吹っ飛び転がったのを見て、わたしは奥へと向かう。
表と同じなら骸骨がいるはずなのだ。もしかしたら二匹いるかもしれない。
伊藤さんと二人で見にいくと、骸骨が椅子から立ち上がったところだった。
予想は外れて一匹だったが、装備が違う。
立派な剣と盾を持ち、鎧までしっかり着込んでいる。
「ほほう。あれ、私がやって良い?」
「良いけれど、ちょっとだけ長引かせてもらえるかな? 時間かけるともう一体出るはずなのよ」
「分かったわ」
伊藤さんは愉しそうに骸骨剣士と向かい合う。
そして勝負は簡単に決まった。
振り下ろされた骸骨の剣を右の剣で受け流し、その直後に左の剣が骸骨の手首に突き刺さる。堪らず骸骨は剣を落とし、続けざまに放たれた伊藤さんの蹴りが骸骨を盾ごと吹っ飛ばす。
左手の剣を鞘に納めて地面に転がる骸骨の剣を手にすれば、もはや骸骨に勝ち目がない。いや、魔法を警戒する必要はあると思ったが、その様子もなく、無闇に盾を振り回すだけだ。
「ユズ! 鎧が合体しちゃうよ!」
往生際の悪い骸骨を伊藤さんが軽くいなしているのを見ていると、後ろの方からキキョウの叫び声がする。
「そいつは合体させて! そいつの武器も奪うから! みんなは少し離れてて」
「了解!」
みんなが見ているなか、がらがらと派手な音を立てながら鎧が集まり、合体して巨大な剣を持つ巨大鎧となった。そして、双眸が紫に光り、剣を頭上に掲げて雄叫びを上げる。
その様子を察して、伊藤さんも骸骨の止めを刺してやってきた。
「こいつは強いの?」
「見た感じ、力だけだよね……」
あまり悠長に話している時間は無い。鎧は伊藤さんをターゲットにしているようで、足音高らかに迫ってくる。
だが、振り下ろされた剣は、あっさりと伊藤さんの剣で横に逸らされる。そして、その手首に向かって伊藤さんの突きがオレンジ色の光を発し、大剣は床に転がり落ちる。
その直後、大鎧のに向けてツバキとヒイラギが斧を投げつけ、伊藤さんの『剣王の双翼』が二度、胴体を薙ぎ払えばそれで終わりだ。
「はい、回収、回収ぅぅ~~」
「さっきの骸骨と言い、完全に見掛け倒しね。見た目は昨日の奴らとさほど変わらないのに……」
伊藤さん的にはもうちょっと手応えのある敵を期待していたようだが、そんなの出てきたら他の誰も勝てないんじゃないだろうか。
もう他に敵も出てこないようだし、戦利品を回収して先に進もう。