031 無理! わたしは弱い

「これからどうする?」

「もう少し訓練する? それとも狩りに行く?」

「今日は訓練にしたいな。盾の使い方はもう少し練習しておきたい」

「おれも同感だ」

もともと、攻撃も防御もみんな我流だ。学校の体育で剣道や柔道をやったことがあっても、本当に敵と戦う武術なんて誰もやったことがないし当然と言えば当然だ。だけど、伊藤さんは明らかに違う。

本人は否定するのだが、あれは常人の域を完全に超えている。ちょっと強いとかそんなレベルではない。

みんな、今日教わったことはマスターしておきたいと、意気込みは高い。真っ当な戦闘技術、と言って良いものかは分からないが、格闘術や武術に類するものを教わるのは初めてということだ。今はそこに水を差す必要はないだろう。

わたしはセコイアと剣を投げる担当を交代する。二時間わたしの訓練に付き合ってくれたのだから、ちゃんと借りは返さないとだ。

一度訓練場から出て装備を変更し、ついでに『治療』の魔道書も渡しておく。どの魔法も二十回使用するとスキル習得できるようで、わたしは既に習得したのだ。

訓練場に戻り、剣と治療魔法を投げること約二時間。セコイアの構えも様になってきた。ツバキとヒイラギの二人は、防御技術ばかりが上がって互いに攻撃が全く通じない状態になっている。

上級者に一日稽古をつけてもらうだけで随分変わるものである。

伊藤さんから見たら、ド素人が初級者になった程度なのかもしれないが、わたしから見ても、みんな今までとは動きが全然違う。これなら、伊藤さん抜きで第三階層に行けるかもと思ったが、攻撃力をどうにかしないとやっぱ無理かも。

社会人組は二十四時を目途に切り上げる。仮想空間では肉体的疲労はないのでいくらでも訓練を続けられそうだが、あまり遅くまでやって生活を犠牲にするわけにもいかない。

翌日も気合いで仕事を片付けて、十九時にログインだ。もう、完全にハマってるよ。いや、だってすごく楽しいんだよ!

「こんばんは!」

「こんばんは。今日も訓練トレーニング? それとも迷宮に行くのかしら?」

伊藤さんはもうログインしていた。クランホームの広間で一人、型の訓練をしていたらしい。

「わたしとしては攻撃の稽古もつけてもらえると嬉しいんだけど」

「他の流派は知らないけど、ウチは攻撃とか防御って分け方はしていないのよ。動作としては同じだけど、状況によって攻撃にも防御にもなるって考え方だから」

つまり、昨日やったことは防御主体に訓練したが、基本的な動きはそのまま攻撃にも転用できるということらしい。だから、実戦を重ねて基本をしっかりと身に付けるのが次の段階なのだという。

「なるほど。じゃあ、わたしたちだとどの程度の敵とやるのが良いかしら? クマとか?」

「まだクマの段階じゃないのよね。いい勝負にもならずに敗けると思う。その前というと、蟷螂とか蜘蛛だったかしら?」

なるほど。でもそれだと伊藤さんが暇をしてしまう。どうしたものか。

「こんばんは。何悩んでるの?」

わたしが「うぼぼぼ」と頭を抱えていたらキキョウがログインしてきた。事情を説明すると、キキョウはあっさりと「第二階層裏ボスの洞窟に行ってみれば良いんじゃないか」と言う。

そういえば、途中にある隠し扉の方を優先して、通路の奥には行っていない。悲鳴が聞こえてきた先がどうなっているのか、そして、一つ目の隠し扉の奥を確認してみるのも悪くない。

そして、そこで思いだした。第二階層には基礎訓練に丁度良い奴らがいる。

「じゃあ、わたしは伊藤さんと裏ボスの洞窟に行ってみるよ。キキョウはみんなとチビデブのアジトに行ってもらえるかな?」

「チビデブのアジト? って、あの工房のところの?」

「そうそう。武器の回収と、昨日習ったことの実戦演習。武器を作るにも材料が必要でしょう? 一石二鳥じゃない?」

一匹の力は大したことが無いとはいえ、三百もの敵が押し寄せてくるのだ。武器捌きや足捌きの練習にはちょうどいいと思う。武器を奪うことを考えなければ負けることもないだろうし。

ということで、わたしは伊藤さんと二人で第二階層に向かう。伊藤さんは強い敵がいるのか気にしているが、何があるのかはわたしにも分からない。

深海魚エリアを突っ切って進めば、裏ボスの洞窟まで十分も掛からない。洞窟の中も、隠し扉のあたりまでは敵も出ないし罠も無いのでどんどん進む。問題はその先だ。

「敵とか居そう?」

「今のところ気配は無い」

だが、伊藤さんも罠の気配までは察知できまい。右手に剣を構え、左手に持った斧で壁を叩きながら慎重に進んでいく。

隠し扉には入らずそのまま二分ほど進んだところで、道は途切れて大きな部屋に出た。雰囲気的にはチビデブのアジトの階段上のような感じだ。暗くて奥まで見通せないが、コツコツと足音が聞こえることから、何かがいることはわたしにも分かる。

「大きそうね。数は一匹かしら」

「動いているのは一匹っぽいけど……」

斧はインベントリに仕舞い、両手に剣を握りしめて部屋の中央へと向かう。息を殺し、足音を立てないようゆっくり進んでいくと、突然、右隣にいる伊藤さんに突き飛ばされた。

その直後、顔の横を何かが高速で飛び行き、後ろの方でガッと地面に当たった音がする。

「突っ込むよ!」

既に伊藤さんは前に向かってダッシュしている。一呼吸ほど遅れて私も走りだす。伊藤さんを真似て左右に切り返しジグザグに走っていくと、闇の奥に敵の姿が見えてきた。

弓を手にしたモンスターの姿は半人半馬、つまり、ケンタウロスだ。

伊藤さんは二本の剣を構えて肉薄するが、ケンタウロスは逆に後ろに下がりながら弓を引き絞る。

矢が放たれれば、伊藤さんと言えども足を、って止まらないだと⁉ 右手の剣であっさりと矢を弾いた。いや、わたしには矢は見えていない。単に伊藤さんの動きと音からそう察しただけだ。

相手が遠距離タイプならば、わたしだって魔法を使ってやる! 走りながら『風の刃』の詠唱をしてケンタウロスに向けて放つ。ダメージ量はともかく、命中はすると思っていたのだが、ケンタウロスは大きくジャンプしてあっさりと魔法をかわしやがった。

その隙に距離を詰め、ケンタウロスが着地したところに伊藤さんが切り込んでいく。薄暗いのもあって、伊藤さんの剣筋はわたしには全く見えない。だが、ケンタウロスのHPが凄い勢いで減っていくのは分かる。

強烈な攻撃を受けてケンタウロスは距離を取ろうとするが、わたしも伊藤さんも追撃にかかる。

それでもケンタウロスが矢を番えようとするが、伊藤さんの投げ放った剣が弓を弾き飛ばす。さらにわたしも『無傷の勝利者』を投げつけ、加えて『風の刃』も飛ばしてやる。

どちらか当たるだろう、と思っていたが、ケンタウロスは大ジャンプして両方とも避けおった。しかしながら、それはそれで致命的な悪手だ。敵は空中での移動手段は無いようで、長い滞空時間の後、分かり切った場所に落ちてくる。

伊藤さんもわたしも着地地点目指して全力で走り、剣を大きく振りかぶる。

「おらあああああ!」

ケンタウロスを空中で捉え、わたしと伊藤さんの剣が挟み込むように胴を大きく薙ぎ切る。さらに返す刀でもう一撃加えるとモンスターのHPはゼロになった。

「弓使いもいるのね、驚いたわ」

「これ、知らずに勝てる人いるの?」

「今、勝ったじゃない」

「いや、伊藤さん以外に。少なくとも今のわたしたちのレベルじゃ、作戦をどう組み立てたって勝ち目ないよ?」

伊藤さんは少々考えて「それが分かるというのは上達してるってことね」とよく分からない褒め言葉をくれた。

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