028 通報! ゲームマスタァァァァ!!
「通報は一度で大丈夫よ」
ひたすら通報を繰り返していたら、疲れた声の女性が現れた。今回は別の人なのね。
「何かバグってるんですけど。早く戻してくれませんか?」
「その前に話したいことがあるの。少しお時間よろしいですか?」
「話ですか? みんなはどうなってるんです? ウチのクランメンバー全員税務署にいるはずなんですけど、ここに呼んでもらえますか?」
「それはできないわ」
「じゃあ、わたしも話すことはありません。今すぐに税務署に戻してください」
「それもできないわ」
話にならん。って言うか、この人、お話する気ないでしょ。
とりあえず「運営に拉致された! わたし、消されるかも!」とみんなにボイスメールを送っておく。届くかは分かんないけど。
「なにをしているんですか!」
「え? 突然わたしがいなくなったら、仲間が心配するのは当たり前じゃないですか。ここに呼んでくれないんだから、こっちから連絡することの何がおかしいんですか?」
女性がヒステリックに騒ぐが、それは無視してメニューパネルを開き通報ボタンをひたすら連打する。
「ちょっとどういうこと?」
「何がったんだよ? 今、どうなってるんだ?」
おや、ボイスメールは届いてるんだ。キキョウとヒイラギから返事がきた。そして、真っ白なところからもう一人現れた。この人には見覚えがある。前回のゲームマスターのオジサンだ。名前は忘れた。
「何かと思えばまた君か」
「それはこっちのセリフですよ! とにかく! わたしを元の場所に戻すか、仲間全員をここに呼ぶかしてください」
「できないって言ってるでしょ! 人の話を聞きなさい!」
「ちょっと待ってくれ。ミディアもちょっと黙っててくれ。話が進まない」
ゲームマスターはパネルを操作してどこぞかと連絡を取る。なにやら、やり取りを繰り返していると、一分ほどで仲間たち全員が転送されてきた。
なにができないだよ。全然できるんじゃん。
「なんか増えたな……」
「仲間くらい増えますよ? そういうゲームですから」
そんな話をするために皆に来てもらったわけじゃない。
「で、用件はなんですか?」
「農園は諦めなさい」
「嫌です」
なんでそんな命令を聞かなければならないのか。取得されて困るなら初めからロックしておけば良いだろう。それを取得した私たちが悪いかのように言われるのは納得がいかない。
「済まないが、現段階では、農園は早過ぎる。第三階層をクリアしてからにしてくれないか?」
「あ、それで良いんですか? 仕方ないですね。じゃあ、代わりにちょっとだけ情報をいただけますか?」
不愉快ではあるが、向こうの要求に対して何かを言っても覆るとは思えない。数日待て、という程度なら飲んでおいて、こっちからも要求を出した方が話が早いはずだ。
訊いてみると、言えるかどうかは質問の内容によるということで、わたしは気になっていたことをいくつか尋ねていく。
「じゃあ、まず、メダルって何に使うんですか?」
「闘技場がオープンしたら景品と交換できるようになる。内容は秘密という以前に、具体的な内容はまだ検討中で決定していないから言うことはできない。大雑把な予定としては、装備とかレシピだ」
何にしろ、今後の実装待ちということらしい。実装の予定は一ヶ月も先にはならないと付け加えられれば、私としては頷くしかない。
「市役所のクエストってヘボいのしかないんですか?」
次の質問はセコイアからだ。あのクエストは誰もがおおいに不満だろう。
「ヘボい言わんでくれ。ちょっと調整は必要だと思っているが、あれは初心者用だ。中級者向けも用意してあるから探してみてくれ」
それを探すのも探索だということらしい。
「わたしの剣とかボーナスとか強力すぎませんか?」
「いや、属性としてはレアだが、それほど強力なわけじゃない。第十階層くらいまで行けば、普通以下になる」
それ、いまの実装済みの最下層でしょうが。当分は強いって事で良いのね……
「工房の中とか大って実装済みですか? 種類って何々あるんですか?」
「実装されているのは今のところ小だけだな。中は十階以降で取れるようになる予定だ。種類は鍛冶に織物、皮革、錬金、木工、陶芸、料理の七種類。農園と湖畔を入れると九種類だな」
「湖畔? なんですかそれ? まったく聞いたことがないですよ」
「陶芸や錬金の材料調達に、釣りと水泳の練習用だ。君たちも水中戦は避けているんだろう?」
言葉から察するに、第二階層の池には何かあるらしい。だからこそ、私たちが避けているのがバレている。何も無いならば、行ったかどうかなんて気にしないはずだ。
「農園って一個だけなんですか? クランホームをもう一個買ったら、農園ももう一つとか」
「農園はCPをつぎ込めばどんどん大きくなるから二つめは不要なはずだ。そして、二つめのクランホームはバグる可能性がある。買えないようにした記憶がない。済まないが、もし買えても買わないでくれ。すぐに買えないようにする」
まあ、そう言われたら無理にイヤガラセのようなことをするつもりもない。他に何か無いかとみんなを見回すとサカキが挙手をした。
「俺からも一つ良いですか?」
「何だい?」
「生産できるアイテムの一覧みたいなのは無いんですか?」
「うーん、一度所持したことのあるアイテムを一覧で見れるように、というのなら実装してもいいけど、未知のものまで見れる一覧ってのは無理があるな。盛大にネタバレするような物もあるからね」
色々明かしてしまうと、情報の売買とか交渉や駆け引きの要素が減ってしまうこともデメリットなのだろう。そこはゲーム運営の根本に関わることだし、無理を言っても通るとは思えない。
「これが最後です。裏ボスって、各階層に一つだけなんですか?」
「……自分で探してくれ」
なるほど。隠し要素は他にもあるのね。
質疑応答はそれで締めると、農園は待ってくれと念を押して、全員ホームに戻された。
「農園お預けなの?」
「みたいだね。悪いけど、ちょっとだけ待って。明日か明後日には第三階層終わらせるから」
「明日? 早くない?」
「伊藤さんの気分次第なんだけどね。あの人が本気になったら、第三階層は道さえ分かればすぐクリアできる」
あのクマだって瞬殺してたし。あの人が負けるところが想像できない。
「レベル上げってどれくらいすれば良いんですか?」
「今は気にしなくて良いよ。第一階層の雑魚敵は武器は要らないし、わたしはレベル四でボス倒してるから」
「ええ?」
「あれ? 聞いてない? 記録にレベルも載ってたはずだけど」
メニューの『記録』を開くと、第一階層突破と第二階層突破の両方の初回記録にはわたしと伊藤さんの名前が載っている。
「たった二人で? しかも、レベルが四って……」
「伊藤さんが強過ぎなのよ」
「ちょくちょく聞くんだけど、その伊藤さんって誰だ?」
「一日二時間しかログインしないけど最強の人」
レベルはまだ十とかそれくらいのはずだ。伊藤さんに関しては、会えばわかるということで、話を終わらせる。
「で、第一階層ではキックしてればいいから」
剣とか槍とか斧とか、使い慣れない武器を狭いところで振り回すのは難しい。そのうえ、チビデブは上からの攻撃は対応が得意なようで、剣で切りかかっても結構躱される。
「共通した敵の弱点は、下からの攻撃。まあ、最初は見本を見せるからやってみて」
第一階層と第二階層のボスはクリアしておいた方が良いということで、三人と迷宮に向かう。彼らは『転移のエメラルド』を持っていないので徒歩だ。