025 恐怖! 第三階層の敵マジ強い
「部屋はここと二階しか無いんだけど、伊藤さんが使うのはほぼここかな。こっちの青いのが訓練場の入り口で、向こうの緑のが迷宮の入り口。ちょっと青いのに触ってみて」
「個人訓練と対人訓練?」
「対人は十人まで一緒に入れるみたい。それで模擬戦だね。やってみる? わたしじゃ弱すぎかもだけど」
「試してみたいわ」
ということで、伊藤さんと二人で入ってみる。瞬殺されないよう頑張らないと。
白くなった視界が元に戻ると、岩壁に囲まれた直径三十メートルくらいの場所だった。光源は見当たらないが、見通すのに不自由のない明るさだ。
「へえ、面白いのね。これ、場所とか変えられないのかしら?」
「今のところ選ぶ機能はないみたい。要望出してみるのはアリかもね。じゃあ、一丁、手合わせお願いします」
わたしは剣を抜き伊藤さんに向かって走る。
伊藤さんは普通に立ったまま、腰の剣に手を掛け……
わたしの顔目掛けて真っ直ぐ飛んできた剣を慌てて避けると、伊藤さんの左の剣が一閃した。
「あ」
終わった。一瞬で。視界がホワイトアウトしてリビングに戻ってくる。
「うええ、何もできなかったよ……」
「まあ、相手に何もさせないのが基本だから」
床に手を付き落ち込んでいると、いつの間にか伊藤さんも戻ってきていた。
「だからって、いきなり剣投げつける?」
「意表を突いたり相手の裏をかくのは基本だよ? 読まれたら防がれるし、躱されるもの」
「そりゃそうだけどさ、伊藤さんの流派には卑怯とかって言葉ないの?」
「無い。負けたら自分の大切な人が殺されるという前提で考えて、汚いとか卑怯とかってあると思う?」
断言されると返す言葉がない。考え方がやたらと実戦的すぎるような気がするが、そこは突っ込まないでおこう。
「次は一矢報いれるよう頑張るよ。で、みんなは工房かな?」
鍛冶工房の扉を開けると、みんなでレシピ本を見ながらワイワイやっていた。
「お待たせ! こちらが伊藤さんだよ」
「伊藤です。よろしく」
「こちらこそよろしく。俺はツバキ。一応前衛なんだが、まだまだ駆け出しだ」
「あ、とりあえず自己紹介とかは歩きながらで良いかな? 時間勿体ないし、第三階層行こう!」
伊藤さんは二十一時になったら抜けていくのだ。時間は有効に使わなければならない。
「とりあえず、適当に進みましょうか。マッピングしていかないと、ボス部屋までの道も分からないし」
「確か、第三階層から敵の強さが跳ね上がるって言ってたよな?」
「伊藤さんがいるうちに戦い方を覚えるしかないよ」
「行かないの? 私は一人でも行くけど」
伊藤さんは待つつもりが無いらしい。スタスタと奥の方へ歩いていく。
「みんな行くよ!」
探索は伊藤さんを中央に、前列は盾を持つツバキとヒイラギが担当、後列はわたしとセコイアが担当する。キキョウとヤナギは伊藤さんのすぐ近くで魔法をすぐに放てるように身構えている。
わたしが後列なのは、背後からの奇襲対応のためだ。そのため、わたしはほとんど前を向かずに横向きに歩いていく。
「その角の向こう!」
伊藤さんは中央なのに、前列の二人よりも先に敵を発見する。というか、見えていない段階で、敵を察知する。
ゴソゴソと動く音や呼吸音は聞こえるというのだが、わたしには全然分からない。
視覚も聴覚も、VR用デバイスから脳に直接投影されるから、肉体の視力や聴力に関係なく、みんな等しく見えるし聞こえるはずなのに、何でこんな差が生じるのだろうか。
前衛二人が盾を構えて迎撃準備に入る中、わたしはひたすら後ろや上に気を配る。クマは低い位置だけに潜んでいるわけじゃない。壁の上の方にも無数の窪みがある。そこから、不意打ちを狙っている可能性もある。
前からくる敵は前衛と伊藤さんに任せるしかない。それに、伊藤さんが勝てない相手だったらわたしには為す術などあるはずがない。ということは分かっているけれど、気になって仕方がない。
クマの吠え声にツバキの雄叫びが重なり、ドスドスと鈍い音が続く。
「よっしゃ、やったぞ」
「ドロップ狙ってる余裕ねえな」
どうやら無事に勝利したようだ。再び進みだす。だが、十数歩も行くと、伊藤さんの「次、来てる」という声がして、またすぐに先頭態勢に入る。
「防御に専念して! 私がやる!」
伊藤さんの指示が終わらないうちから、ガンガンと金属音が響く。盾で防げているんだろうか。本当に気になって仕方がないが、わたしも上の方に動くものを見つけた。
わたしから見て左側の壁のかなり高い位置、三メートルくらいのところに横穴が開いているようで、その奥からクマと思しきモノが這い出てこようとしている。
「四時半の方向、上に三メートル。セコイア、敵が出てくる前にお願い」
「分かった」
わたしの指示でセコイアが振り向き、杖を振る。放たれた電撃はクマに命中したはずだが、HPがほとんど減っていない。
雷撃に耐性を持っているのか? 単にHPが高いだけという可能性もあるけれど、耐性もあり得るな。第二階層は電撃無双だったし、それを中心に強化していたら進めないようにしているなんて、性格悪い運営なら普通にやってくるだろう。
「火とか氷も試せる?」
ついでに弱点がないかも調べられればいい。セコイアが呪文を詠唱すると、手に持つ杖の先に光球が生じる。杖を振ると魔法は発動し、細長い氷がクマに向かって射出される。
命中してHPを削るが、どうにも魔法は効果がイマイチだ。そうこうしているうちに、クマは穴から飛びかかってきた。
体長は一メートル少々といったところなのに、やたらと爪が長くダガーくらいはありそうだ。シルエットは間違いなくクマだが、その爪と凶悪に光る目が可愛らしさを消し去っている。
爪を広げ、頭上から襲ってくるが、くると分かっているのだから避けもするし反撃もする。わたしは横に避けつつ、下からクマの腹を切り上げる。
わたしの攻撃はオレンジ色に光りクマのHPを大きく減らす。クマが体勢を立て直すよりも先に、セコイアの放った火球が命中してHPをゼロになった。
「サンキュー、セコイア」
「お礼はいいよ。しかし、電撃は全然効かないね。氷と火は効くみたいだけど」
杖を見ながら残念そうに言うが、電撃杖は別に他の魔法が使えなくなるわけではない。
「勝った後、油断しすぎないでね。気を抜きすぎると奇襲に対応できないわ」
勝って兜の緒を締めよ、ということか。伊藤さんの言葉にわたしたちは頷いて、再び洞窟の中を進んでいく。
足下がゴツゴツして歩きづらいし、グネグネ曲がりくねっているうえに上ったり下ったりしながら枝分かれしているので、とても待ち伏せしやすい構造だ。
「伏せて!」
突如伊藤さんが叫ぶと同時にバサバサと羽音がした。
身体を低くして上を見ると、高速で何かが飛んでいた。
宙を飛ぶモンスターは、身を低くしたわたしの頭上を通り過ぎて、またすぐに戻ってくる。すぐにわたしは壁を背に剣を構えるが、その目の前を通り過ぎていってしまう。
くっそ、動きが早いよ!
と思ったのも束の間、伊藤さんの剣が閃き、飛び回る何かはあっという間に斬り伏せられた。
地面に転がるそれは巨大なコウモリだった。洞窟の定番だけど、こいつは厄介だ。明かりの魔法はあるものの、薄暗い洞窟の中で、暗い灰色のコウモリの体は見えづらい。
伊藤さんは何でこれを斬れるんだ? と思ったけど、そういえば伊藤さんは真っ暗闇の中でもチビデブに勝ってたっけ。しかも、無傷で。
「羽を切り落とせるみたいだね」
上手いこと命中したのか、根元から羽を失った一匹のコウモリが転がっている。落ちていた羽を回収してみるとそのまま『コウモリの羽』だった。
「コウモリって、どうやって戦えば良いんだ?」
「壁を背にすれば攻撃パターンは限定できるんじゃないかな?」
伊藤さんみたいに、飛んでいる奴らをバッサバッサと斬り落とすなんてできるわけがない。だが、敵の動きを限定すれば、多分、何とかなるんじゃないかと思う。たぶん。
気を取り直して進んでいくが、第三回層に入ってから、今までのは何だったのかと言いたいくらいに難易度が跳ね上がっている。これ、本当に、伊藤さんいなかったらどうやって進めば良いのだろう?
ほとんどのクマは伊藤さんが事前に発見して構える時間があるが、新たに出てくるようになった大蝙蝠は移動速度が早いのもあって、発見してからの間がほとんどない。
それでも直前に「来るよ!」「上!」などと言ってくれるからまだ対処できているのだけれど。
そうして進んでいると、周囲の壁の色が変わっているのに気付いた。これまでは艶のない黒灰色に覆われていたのに、何やら黒く艶のある岩が混じっているのだ。しかも、それが段々と多くなってきている。
「よく気付いたね、ユズ。これって、奥の方まで来たってことかな?」
「もしかして、コレ、採掘できるんじゃねえか?」
壁の様子が変わったことを指摘すると、ツバキはゲームとしては当たり前のことを言いだした。鍛冶があるんだから、鉄鉱石の採掘くらいできても良いよね!
インベントリから斧を取り出すと、岩壁に叩きつけてみる。ガンガンと叩いていると、ポロリと黒い石が取れてきた。
インベントリにしまって名前を見ると、予想通り『鉄鉱石』と表示されていた。
「どうする? ここで掘っていくか?」
「探索優先じゃない? 他にもっと良いスポットがあるかもしれないし。ここは採れることが確認できたってことで良いと思う」
正直、伊藤さんを待たせておくのが勿体ない。どんどん進んで、どんどん戦っていこう。
「僕も先にマップを塗り潰したいかな」
「よし、ガンガン進んで行くか!」
意見も一致して、再び探索を進めていく。
枝分かれして広がる第三回層はかなり広い。モンスターの奇襲と足場の悪さが、さらに広く感じさせる。進んでは戻りを繰り返しながらマップを塗り潰していくが、ボス部屋には辿り着けないまま、伊藤さんのタイムアップを迎えた。
「じゃあ、今日のところは一旦帰る? 伊藤さん抜きで進んでみる?」
「俺たちだけで勝てる気がしねえよ」
「同感だね。装備とかスキルとかどうにかしないと」
今までは危なげなく進んできたが、それは九割がた伊藤さんの功績だ。そのことはみんな分かっているのだろう。特に反対もなくホームに帰還することになった。
「ふう、疲れたー」
「お疲れ様。じゃあ、また明日」
ホームに戻ると、伊藤さんはすぐにログアウトしていった。