024 興奮! マイホームと工房
「そういえば、この家って、クランと工房以外に何ができるんだっけ。金庫とか倉庫もあるはずだよね?」
元々の説明だとその程度しか書いてなかったが、追加でいくつかの情報が追加されてる。
「えーと、迷宮へのワープ機能とか?」
「訓練場があるとか書いてあったよな」
「あ、それもあったね。どこにあるんだろう?」
部屋には扉が六つある。この家は設置できる工房は四つまでのはずなのにだ。つまり、工房用ではない扉が二つある。
片っ端から調べてみると、右奥が倉庫になっていた。中に入るとズラッと棚が並んでいて、触れるとパネルが出てきたので、操作して古びた剣を入れてみる。
「おお、こうなるんだ」
棚の端に剣が置かれているのが見える。だが、そのまま手を伸ばして取り出すことはできないようだ。必ずパネル操作する必要があるらしい。
左奥の扉は現在使用できないらしい。実装待ちなのか、ホームを拡張したら使えるようになるのかは分からない。
これで、一階で確認することは終わりかな。剣を鍛え直しているキキョウとヤナギは置いといて、四人でホームの中を見て回る。
玄関を入ったところは一階で、二階へは左側にある階段を使う。上がってみるとすぐ左にバルコニーがあり、部屋は一つだけだ。その部屋の中は空っぽで、正面に窓があるだけだ。
家具はこれから入れていけということか。
迷宮へのワープ装置は一階の広間にあった。玄関から入って正面のクラン用水晶玉のすぐ右には大きな暖炉、さらにその右に緑色の石っぽい台がある。高さは一メートルほどで、上面は直径五十センチほどの円形で、中心が僅かに窪むように作られている。
「これが迷宮へのワープ装置だね」
「どうやって使うんだ?」
触れただけでは何も起こらない。『転移のエメラルド』を乗せるとパネルが表示された。ここに乗せるのは誰のでも良いから一つだけあれば良いようだ。
「これで行き先を選べば良いのか」
試しにエメラルドを取るとパネルは消える。転移台のさらに右側は青色の台がある。こちらは手を伸ばして触れるだけでパネルが表示された。
「これが訓練場みたい」
表示されたパネルには個人訓練と、対人訓練の二つがある。個人訓練を選んでみると、カカシが置かれた部屋に転送された。視界の端にカウントダウンしている数字が現れ、後ろの壁には大きな魔法円が光っている。
『退出しますか』
魔法円に触れてみるとパネルが出てきたので、退出を選んで訓練場から出る。別に今試したいスキルとか魔法はないしね。
「あとは、金庫だね」
「それはクラン管理メニューにありそうな気がする」
広間に行き、メニューを開いてみると、やっぱりあった。金庫は出金できる人を限定することができるようだ。他の権限設定とあわせて後で考えておく必要がある。
メンバー追放とか、工房の追加や廃棄を勝手にされても困るし、管理者は限定しておく必要があるだろう。
「クエストっていうか達成目標があるよ」
「どれどれ。工房設置はクリア済みだね」
「武器を百個溶かせとかあるね」
「言われなくても溶かーーす!」
生産系であれやれこれやれと、細々したのがある。クリアしたらスキルやレシピでも貰えるのだろうか。
「じゃあ、チビデブを狩りに、って言うかダガーを奪いに行きますかね」
「剣の方はどうなったんだろう?」
鍛冶工房に行ってみると、二人は剣を磨いているところだった。
「どう?」
「これが最後。もう終わる」
ガッシガッシとやっていた二人だが、一分もせずに終わった。
「これで耐久度二十五回復かあ」
「スキルレベル上げないとキツイね」
「他の生産職もこんな感じなのかな」
二人の話によると、一人であれもこれもやるのは厳しいかもしれないということだ。
ある程度職人としてのレベルが上がらないと、あまり役に立たないというのが大きい。
「鍛冶職人募集してみよう!」
キキョウはアイテム制作、ヤナギは料理か農業をやりたいらしい。鍛冶はできれば別の人に任せたいということだ。
だが、わたしはそろそろタイムリミットだ。時刻はもう十七時になっている。そう、夕食の時間だ。
「あれ? もうそんな時間か」
「時間? 何の?」
「言ってなかったっけ? 伊藤さんがログインするの十九時くらいだから、それまでに夕食を済ませたいのよ」
「噂の伊藤さんか。俺も会ってみたいな」
「伊藤さん来たら、第三階層に突撃する予定なんだけど、みんな都合は大丈夫?」
「十九時か。急がないと間に合わないな」
「俺も間に合うか微妙。間に合わなかったらやっててくれて構わない」
ヒイラギとツバキ以外は問題ないらしい。二人も伊藤さんにクランホームの案内とかしていれば間に合うかな?
「じゃあ、また十九時に」
わたしはログアウトすると、夕食の準備に取り掛かる。
今日は焼き魚にでもするか。確か、冷凍のサバがあったはずだ。
食事を済ませ、食器等を洗っても時間は十八時半だ。
少し、ネットで情報を集めてみるか。
って、わたしたち結構話題になってる⁉
まあ、第一階層と第二階層で初回記録出して、早々とクラン設立したし、トッププレーヤーとして認識されていてもおかしくはないか。
本当にすごいのは伊藤さんだけなんだけど、あの人はログイン時間が短すぎて他の人に認知されてないからなあ。
時計を確認して、頭部接続装置を装着するとベッドに横になる。ちょっとハマり過ぎな気もするけど、徹夜とかまでするつもりもないし、問題ない範囲だろう。
ログインして、フレンドリストを確認してみるが、伊藤さんはまだ来ていない。現在ログインしているのはキキョウとヤナギだけだ。ずいぶん早いな。
鍛冶工房に入ってみると、二人ともそこにいた。考えていることは同じようで、鍛冶制作レシピを開いている。
「こんばんは、何か良いのある?」
「うーん、正直、微妙だね」
強力な武器も記載されてはいるが、そもそもどこで材料を入手できるのかが分からないため、現時点では考慮の対象外だと言う。
「となると、強化していくしかないんだけども、ベースにするのがなあ」
剣に関して言えば、第一階層のボスの骸骨から奪った剣が一番良さそうということで良いのだが、槍と斧は『安物』しかない。
最下級の武器を鍛えても、高が知れているんじゃないかというのが二人の懸念しているところだ。
「でも、すごい斧とか槍なんて持ってる奴いないよ?」
「凄くない奴はいるの?」
「安物ならいるよ。わたしの斧はそいつから奪ったやつだし」
そういえば、ヤナギたちとはチビデブの巣に行っていないな。あとで『鏖殺』も取りに行こう。第三階層にも三百匹部屋があるかもしれないし。
どうしようか、こうしようかと悩んでいると、広間の方から人の声が聞こえてきた。時計を見ると十九時をすぎている。おお、伊藤さんもログインしている!
「こんばんは、伊藤さん。今どこ? クラン作ったんだけど、一緒にやりませんか?」
慌ててボイスメールを送り、「伊藤さんを迎えに行く」と言い残して迷宮の第一階層にワープする。そして迷宮の入り口付近で探していると「今迷宮に向かっている」と返信があった。
ダッシュで広場方面に向かうと、道の途中で伊藤さんを見つけた。
「やっほー、伊藤さん! 今日も一緒にやろうよ!」
「良いけど、今日は一人なの?」
「他のみんなはホームにいるから、ちょっと一緒に来てよ。伊藤さんにとっても損じゃないと思うからさ」
エメラルドでのワープはクランホームからじゃないとできないのだ。それだけでもメリットはあるだろう。伊藤さんだっていつまでもチビデブの相手などしていたくはないはずだ。
伊藤さんは数秒考えて「損だったら斬るよ」と怖い返事をする。
ウチのクランホームは広場からそれほど遠くはない。広場から伸びるメインストリートをちょっと東に行き、そこから少し中に入ったところだ。
とは言っても周囲は空き地なので、メインストリートから丸見えなのだが。
「おーいみんな! 伊藤さん来たよ!」
玄関を開けてみるが誰もいない。まあ良いや。とりあえず奥の水晶玉で伊藤さんをクランに登録する。
「何もない家なのね」
「家具とかはこれからだね。入手の仕方も分かってないけど」
何もない部屋を案内しても仕方がない。まずは伊藤さんにメリットを提示せねばならない。