018 何事? ゲームマスター・ジョセフ
視界が真っ白に塗り潰されて、色を、色が戻らねえ!
なんだこれ! バグか? バグってるのか?
すぐ横ではセコイアとキキョウも戸惑っている。伊藤さんは一人静かに仁王立ちだ。
「敵か?」
その伊藤さんが低い声を発する。わたしが慌てて周囲を見回すと、やたらと豪華な鎧を着た人がすぐそこに現れていた。
「まずは、第二階層、裏ボス攻略おめでとう。本当に驚いたよ。ああ、私はゲームマスターのジョセフ。敵じゃないよ」
「ゲームマスター? 一体なんで? あ、これ、やっぱバグなの?」
ゲームマスターが唐突に姿を現した理由なんて、他に思いつかない。取り締まられるようなことはしていないはずだ。
「そうだね。ある意味バグと言えるだろう。ちょっと予想外すぎてね、一度、ここに呼び出すことにしたんだ。まず、君たちがさっき倒したのは、第二階層の裏ボスだ。普通のプレイでは辿り着くことがないやり込み要素のはずだったんだが、先に倒されるとは思わなかった」
第二階層のボスは別にいるらしい。なるほど、それで分かった。だから、ファンファーレが鳴らなかったんだ。正規のボスを倒したら、ちゃんと鳴るのだろう。
そして、本来ならここからでも第三階層に行けるが、今は行かないで欲しいのだと言う。
「何で?」
「ここの出口は第三階層のボス部屋の前なんだ」
「おお! それ良いじゃん!」
「君たちならクリアしてしまうだろう。しかもまた無傷で」
「それ良いじゃん。最高じゃん!」
「良くない! ゲームバランスがメチャクチャだ!」
ゲームマスターは興奮して叫ぶ。そんな困るなら、こんなルート作らなければ良かったのに。わたしがブーブー言うのを無視して、ゲームマスターは話を続ける。
「だから、ここはしばらくの間、具体的には君たちが正規ルートで第三階層を突破するまで封印することにしたんだ」
「ちょっと待ってください。それって、私たちにとってはペナルティですよね? 何も規約違反していないのにペナルティってひどくないですか?」
「代わりに何かボーナスくらいあっても良いと思うんだけどね」
キキョウとセコイアも簡単に納得はしないようだ。だが、ゲームマスターは首を横に振る。顔に張り付いた表情がスマイルのままなのが腹立つ。
「ゲームバランスを崩すようなボーナスは無理だ。理解してほしい」
「じゃあ、この冠の性能を下げてもらうことは?」
「性能を下げる?」
「膂力と敏捷の向上はいらない。そんなものに頼って何が剣王か」
伊藤さんは剣王らしいセリフを吐く。っていうか、自分で剣王を自称するつもりか⁉
「それはできるけど、本当に良いのかい?」
「それと、私もその剣が欲しい」
そう言って指差したのはわたしの剣だ。どうやら、伊藤さんは『無傷の勝利者』が気に入ったようだ。
「それって、ああ、無傷の剣ですか」
何故かゲームマスターは大きな溜息を吐く。ガチャで出ただけなんだけどなあ。
「その剣が出る条件は、アカウント作成からずっとノーダメージでボスをクリアしていること。単純な条件だけど、一日目で出るとは思いませんでしたよ。何で、何の事前情報もなしに無傷でボスクリアできるんですか……」
まあ、伊藤さんのお陰だね。伊藤さんもノーダメージのはずだし、ガチャれば出るということか。
「CPいくつで出るの?」
「その剣は五十で出ます。ただし、伊藤桜花さんはもう一つ上の剣王武器になります。条件を満たせば確定で出ますし、それが初期ガチャ最強武器なので、心配せずに取って大丈夫ですよ」
なるほど。ならば、すぐにでもガチャを回しに行った方が良いだろう。変なミスをして、取得可能条件を逃しては勿体ない。
そして、ゲームマスターが言うには、わたしのマント『無防の力』はCPを百以上入れて、細かい条件を満たしたことで出るものらしい。他にも出るアイテムはあるけど、それは出てのお楽しみということで秘密らしい。ただし、どれもピーキーな性能で素直に喜べない代物が多いということだ。
ガチャなんだから、ということで、ある意味ハズレ要素もある遊び心満載のアイテムが出るということだ。そもそもCPが百を超えるのはレベル十四であり、第一階層を突破している必要がある。その時点で初心者ではないことが確定しているため、遠慮せずにネタをぶっこんだとゲームマスターは自慢げに語っている。
「私は工房兼お店が欲しい」
「あ、ギルドホームで店も出せるやつってないの?」
「それは無いです。内部的にはギルドホームと店を繋げられるので、問題ないかと思ってます」
そんな機能があるのね。あ、それで工房のみとか、店のみもあるんだ。
「工房で作れるもののレシピって、どうやって入手するものなんですか?」
「基本的なものは、工房に付属しています。迷宮内の宝箱から得ることができたり、闘技場の対戦イベントで勝利景品にすることも考えています。でも、まず、工房を手に入れなければなりませんよ。家は工房用の枠があるだけですからね」
「小なら四種類持ってるから大丈夫」
「は?」
わたしは事実を述べただけなのにゲームマスターは、変な声を出して固まった。
「持ってる? 何で? まだ闘技場開放してないのに……?」
「え? チビデブの巣の奥で取れるでしょ?」
「チビデブ? ああ、デブリンか。って、あれをクリアしたの? え? ノーダメージでしょ? え? 強化版のデブリンを三百引き配置してあるはずだけど?」
数えるのも嫌になるほどワラワラと出てきたけど、三百もいたのか。面倒だけど、所詮はチビデブだし、別にダメージを受けることもないと思う。
「コツが分かれば大したことないですよ。代わりの特典の話は後で良いですか? 早く伊藤さんの剣を取って、本来のボスを倒しに行きたいんだけど。初回記録を他の人に取られたら嫌だし」
「今すぐに思いつかないし、何らかの対応してくれるならそれで良いです」
わたしたちの要求に深い溜息を吐きつつも頷いてくれた。
「じゃあ、わたしたちを町に返して」
「町へ戻るならば『帰還の水晶』を使えば良いですよ」
おお、そういえばそういう物もあったか
「じゃあ、本物のボスをさっさと倒しに行こう!」
「了解!」
みんなそれぞれメニューパネルを開き、町へと転移する。
視界が白から色を取り戻すと、町の神殿前広場だ。ボスに行く前に、伊藤さんの剣を取るために市役所地下のガチャへと向かう。
「これにCPを五十入れれば良いらしいよ」
「ええと……」
パネルをポチポチと操作して、伊藤さんは少し困惑の表情を浮かべる。
「どうしたの? もしかして出なかった?」
「ちょっと想像していたのと違うのが出た」
『剣王の双翼』
攻撃力は千八百。クリティカルダメージ二倍。
なにそれ⁉
なんでそんなチートな武器が初心者用ガチャから出てくるの?
いや、わたしの『無傷の勝利者』もデタラメな強さしてるけど。伊藤さんの剣王シリーズの異常さが……
「ま、まあ、わたしのよりも強そうな剣だし、良かったじゃない」
「そうね、さっそく試し斬りに行きましょう」
ダッシュで第二階層へと向かう。もとより、第一階層のモンスターでは伊藤さんは止められない。剣を振るまでもなく、華麗な連続キックで文字通り敵を蹴散らしていく。ボスはスルーして横の転移ゲートで第二階層にワープだ。
「いっくぞー!」
伊藤さんを先頭に正面突破で第二階層を突き進んでいく。通り道にいるカエルは全て伊藤さんが一撃で仕留めていく。実に楽ちんだ。池を回ってアリのエリアに着くとわたしも前に出る。魔法が放たれてアリの群が怯んだところに伊藤さんと二人で切り込んで殲滅する。
『無防の力』の威力は絶大だ。第二階層の敵は一撃で倒せる。そんなのが無くても、伊藤さんはクリティカルヒット一撃で倒すんだけれども。
第二階層のフィールドエリアはそれなりに広いが、障害物もなく真っ直ぐに突き進める。二十分もあれば、入口とは反対側の崖に着いた。
「さて、ボスへの道はどこだろう?」
「あれじゃない? 左のほうに何か、穴っぽいのあるよ」
セコイアが見つけ、みんなで向かってみる。穴の入り口を守るようにカマキリとクモが十数匹ずついるが、あれくらいなら簡単に倒せるだろう。
伊藤さんが先頭に立って切り込み、セコイアとキキョウの魔法がモンスターのHPを削っていく。そこにわたしも切り込んで、どんどん敵の数を減らしていく。午前中とは戦力が違うのだ。伊藤さんの加入だけじゃない。わたしの剣の威力も凄すぎる。
戦いが終わるまで一分もかからなかった。みんなノーダメだし、もはや第二階層の雑魚敵は恐れる必要などないだろう。
洞窟の中は単調な道が続くが、モンスターはどんどん出てくる。だが、雑魚敵がいくら出てきても足止めにもならない。
というか、伊藤さんの反射神経がすごい。岩の隙間から不意打ちで襲いかかってくる奴など、初めから来ることが分かっていたかのような流れるような剣さばきで屠っていく。
「弱いくせにしつこい!」
伊藤さんが悪態をつくほどに、しつこく出てくる。曲がりくねった道の陰という陰からクモやアリが飛び出してくるのだ。代わりにというべきか、道は枝分かれも何もない。行ったり来たりする必要はないが、とにかくモンスターの数が多いのが特徴のようだ。
「む? 着いたか?」
細い道が終わりを告げ、左右の広さと高さのある空間に出た。そこにはモンスターの姿はない。
「お、ボス部屋だね」
「扉はどこも同じなんだね」
高さ四メートルほど、幅三メートルほどの扉は第一階層や第二階層裏ボスの扉とよく似ている。並べて較べれば違いもあるのかもしれないが、同じようにしか見えない。