013 探索! 第二階層を往く
中央のカエルエリアを過ぎていくと、不気味な姿の化物がふよふよと宙を泳いでいるのが目に入る。あれは一体何だ? いやモンスターなのは分かるが、どうしてそう不気味というか気色の悪い造形なのか。
「ちょっとちょっと、あれ、何?」
「あれ、何だっけ、ええと、深海魚の……、そうホウライエソ!」
知らねえよ! 何でキキョウさんは深海魚の名前なんてご存知なんでしょうか?
「あのヌラッと長い胴体に巨大な頭。そして牙と口! 間違いないって!」
だから知らねえよ! 何で深海魚がこんなところを飛びまわってんの?
「うわ、こっち来た!」
「逃げろ! 逃げろーー!」
悲鳴を上げ、三人揃って逃げだす。強さがどうとかじゃない。外見がとても気色悪いというか怖い。
必死に逃げていると、池のほとりに着いた。後ろを振り返ると、深海魚はもう追ってきていない。だが、一息つくのは早い。池の中から敵が現れないとも限らない。
「陸上に魚がいるなら、池の中には何がいると思う?」
「池? 湖じゃないのこれ?」
「池でしょ?」
見た感じ、直径で一キロもないくらいのサイズで、よくある公園の池くらいの大きさだ。わたしとしては、湖、とは言いたくない。
「鮭とかホウライエソが陸上なら、池にいるのは虎とか狼?」
「さすがにそれはないと思うけど……。普通に考えればワニとか亀?」
「普通にピラニアとかかも」
何にしても、水中戦は無理だ。自慢じゃないが、わたしは水泳は下手だ。全く泳げないわけではないが、二十五メートルを泳ぎ切るのが限度だ。中央に小島が見えるが、泳いで行く気にはならない。
「泳ぐだけなら僕は行けると思うけど、モンスターがいるとね……」
「無理だよね」
セコイアもキキョウも難色を示し、池の探索は後回しにすることにした。リスクを取らないとお宝は得られないとはいえ、リスクが高すぎる。水中戦用の装備やスキル、魔法を見つけたらでいいと思う。
時計回りで池を迂回して奥へと進んでいくと、だんだん草が疎らになり、ゴツゴツとした岩場になっていく。そして、岩の陰をウロチョロしているやつらがいる。
「今度は虫?」
「蟻っぽいね」
岩陰に潜んでいる敵に気を付けながら慎重に近づいてみると、確かに蟻だ。五、六匹がまとまって動いている。
「どうする? 戦ってみる?」
「待って。そこ」
横手ニメートルほどのところで石が転がり、地面の下から何かが出てこようとしている。斧を構えつつ、他に異変がないか周囲を見回す。セコイアは雷撃の魔法を詠唱し、いつでも撃てるように準備している。
石の下から現れたのは赤黒い蟻の頭だった。頭がサッカーボールほどの大きさなのだから、全身が出てきたらかなりの大きさだろう。穴から出てくる前にセコイアが雷撃を放ち、わたしもダッシュで距離を詰めて斧を振り下ろす。
キキョウも剣を突き立てて、蟻のHPは一気に半分近くまで減る。だが、そこで様子見などしない。這い出てこようとする蟻にさらに斧を二度、三度と振り下ろす。
「結構硬いね」
「まだ! 次が出てくるよ!」
蟻の死骸が消えていくと、その出てきた穴からさらに蟻が顔を出す。だが、一匹ずつ穴から出てくるなら大した問題はない。少々硬くても三人でタコ殴りにすればすぐに死ぬ。
五匹を倒すと蟻は出てこなくなったが、これは結構危険だ。戦っている最中に背後から襲われないとも限らない。
「ここは囲まれそうで怖いね」
「どこから出てくるか分かれば良いんだけどなあ……」
地下から一匹ずつ出てくるなら簡単だが、地上で群れているのを相手にするならもうちょっと戦力が欲しい。伊藤さんなら一人で蹴散らすこともできるのかもしれないが、わたしたちには無理だ。
「別の場所にも行ってみましょうか」
「そうだね。どこにどんな敵がいるのかは早めに把握しておきたいからね」
情報を集めるのは大切なことだ。ここの蟻は攻撃力こそ不明だが、耐久力と地下から湧いてくるということが分かっただけでも十分だ。
「じゃあ、左側から行ってみましょうか」
「蟻の次は何かな?」
「蜂とか?」
虫がいるなら飛翔系でもおかしくはない。なんたって、深海魚すら宙を泳いでいるのだ。空飛ぶ相手は厄介だが、想定しておくに超したことはない。
だが、そこにいたのは巨大な蜘蛛だった。脚まで含めると一・五メートルくらいの大きさのやつだ。まあ、巨大な蟻とか蜘蛛は、ゲームではありがちな敵だよね。
「見えない網とかって無いよね……?」
「それはさすがに難易度高すぎでしょ?」
一度戦ってみようということで、一番近くの蜘蛛に向かっていく。念のために剣を振り回しながら、そして、地下から飛び出してくる奴がいないか警戒しながら近寄っていくと、向こうもこちらに気付いたようだ。
足下は相も変わらずのゴツゴツとした岩でとても歩きやすいとは言えない。しかし八本の脚を持つモンスターには関係がないようで、かなりの速さで近づいてくる。
そこにまずセコイアの電撃が放たれるが、蜘蛛はそんなことはお構いなしだ。標的はセコイア、電撃を受けたことでヘイトがそちらに向いたのだろう。
ならばわたしは安心して突っ込める。セコイアに襲いかかろうとする蜘蛛の脚に向かって、力一杯剣をフルスイングする。
「硬ァァ!」
当たりはするし、ダメージも与えているが、剣はあまり通じているように感じない。ガキン、と高い音を立てて刃は弾かれてしまった。
こんな時は斧の出番だ。後ろに下がりつつ剣を投げつけて、背負った斧を手に取る。その間にキキョウも剣で攻撃するが、やはりあまり効果的にダメージを与えられていない。
牙を剥いてわたしに飛びかかってくる蜘蛛の顔に、セコイアの剣が突き刺さる。いや、刺さってはいないけど!
蜘蛛の勢いが緩んだことで、わたしの斧も間に合った。
反動をつけて振り下ろした一撃が蜘蛛の頭部に直撃する。だが、蜘蛛のHPはまだ半分以上も残っている。
硬いよ。強いよ。第一階層と較べて敵が強くなりすぎじゃない?
そんな泣き言を言っていても仕方がない。再び斧を振り上んぎゃあああ!
蜘蛛の攻撃が早い! 斧を振り上げる暇がない! 体の前に構えて、必死に蜘蛛の前足攻撃を払うのに集中せざるを得ない。
しかし、その状況も長くは続かなかった。そう、わたしには仲間がいるのだ! ぼっちの蜘蛛とは違う。
武器を持ち変えたキキョウが蜘蛛の背後へと回り、無防備な尻に斧を乱打しまくる。セコイアも横から蜘蛛の足めがけて斧を打ちつける。蜘蛛のHPがゴリゴリと減っていき、標的が切り替わると今度は私が攻撃する番だ。
「うおお、勝った、勝ったぞ!」
「めっちゃ怖かったよ!」
苦戦しただけに、喜びも大きい。ガッツポーズも出るというものだ。だが、セコイアは冷静に水を差してくる。
「仲間増やすかレベル上げるかしないと厳しすぎない?」
確かに彼の言う通りだ。喜んでばかりもいられない。カエルにはわたし一人でも勝てたけど、蟻とか蜘蛛とか、一人じゃ絶対無理だ。もうちょっと戦力を何とかしないと。
「右奥の敵の種類だけ確認して、鮭と深海魚に行ってみようか。あんまり気のりはしないんだけども」
「カエルはやらないの?」
「カエルは一人で勝てることが分かってるからね。サカナはどっちとも戦ってないし、どれくらいの強さなのかも分からないのよね」
「なるほど、じゃあ、右奥行ってみてからだから、深海魚の方かな」
セコイアの提案に、わたしにも、キキョウにも頷く。どちらが先でも構わないし、反対する理由なんてない。モンスターを迂回して右奥側へと向かい、そこの敵が蟷螂であることを確認して右へと折れる。そこから入口側に行けば深海魚エリアになるはずだ。