009 結成! 三人パーティ
だけど、そんなことばかり言ってもいられない。向かってくるカエルにタイミングを合わせて剣を振る。が、体表で滑ってまともにダメージを与えられない。
後ろに下がりながら何度か切りつけてみるが、やはり無駄っぽい。仕方がないので、身を翻し、背を向けて脱兎のごとく逃げだした。なんか、逃げてばかりな気がするが、そんなことを気にしてなどいられない。
ある程度走れば、カエルも離れていった。どうにも、敵との距離っぽい感じだ。もう少し足が速い敵だと逃げ切れないかもしれない。
剣を鞘に納め、左手の装備を『安物の斧』に変更する。右の腰から剣が消え、斧は背中だ。重量感で背中に背負われたのだと分かるけれど、どうやって取るんだろう?
持ち手は腰の後ろにあるが、これをどうしろというのか。押してみたり引いてみたりしても動かない。ガチャガチャとやってみて、やっと分かった。
上に持ち上げて左に引けば外れるようだ。これ、練習しないと取り出すことも、再び背負うのも手間取りそうな感じだ。
何度かやってみて感覚を掴んでから、斧を手にカエルに向かう。鮭もそうだったが、カエルは基本的に群れていない。特定のエリアにカエルばかりがいる、という面では群れていると言えなくもないが、第一階層のチビデブのように、二、三匹がまとまって動いているということはないようだ。
その分だけ単体としての戦闘力はあるということなのだろう。気を引き締めて斧を構えて、飛び跳ねてきたところに斧を振り下ろす。
見事にカエルの脳天に命中し、剣とは違った、どむっとした手応えが伝わってくる。そして、すぐさまバックステップを数歩。追いかけて飛び跳ねてきたところにさらにもう一発。
カエルのHPはもう僅かだ。カエルが何かしてくる前にさらにもう一撃決めて無事に倒すことに成功した。
剣だと勝てる気がしなかったが、斧なら比較的簡単に倒せるようだ。敵によって持つ武器を考えなきゃならないのは従来のゲームでも同じだが、武器の持ち替え操作がボタン一発ではできないのは結構大変かもしれない。
ならば、探索をどうしよう。
斧よりも剣を使った方が良い相手に遭遇しても面倒だし、剣と斧の二刀流なんて無理だ。迷うだけ時間の無駄だし、すぐ近くにいるカエルを狩って、レベル上げを兼ねた斧の練習でもしていようか。
ということでカエルを狩っていると、ピロロンピロロンとアラームが鳴り出した。
『プレイ時間が連続8時間を超えています。健康のためログアウトしてください』
これ、ログアウトするまでしつこく鳴り続けるの? 音量がどんどん上がるということはないが、かなり鬱陶しい。
仕方がないので『帰還の水晶』を使って町に戻り、ログアウトする。
「ふう、楽しいじゃん!」
ベッドから起き上がり、頭部接続装置を外すと急に尿意を催してきた。なるほど。確かに長時間ログインしっ放しは健康に悪いね。お腹も空いたし、少し節度をもってプレイした方が良さそうだ。
伊藤さんみたいに一日二時間というのは極端な気もするが、ハマりすぎには注意した方が良いかもしれない。VR世界に慣れすぎると、リアルに変な影響が出るかもだし。
軽く食事をして、お風呂に入るともう朝の四時だ。早く寝ないとまずい。明日、といか今日は土曜日だが、あまり生活のリズムが乱れすぎてしまうと月曜日からの仕事にも支障が出ちゃう。
九時に目覚ましをセットして、ベッドに潜り込む。明日は何しようかなあ。
ログインしたのは十二時だった。
いや、掃除とか洗濯もしなきゃならないし、買い物だってしておく必要がある。ちょっと早めの昼食はパスタだ。麺を茹でて、レトルトのソースを温めるだけ。実に楽ちんだ。
四食入りサラダのパックを一つ開ければ栄養的にも大丈夫でしょ。たぶん。
頭部接続装置をつけてベッドに横になり、スイッチオン!
さあさあ、始まるよ!
さて、町でやるべきことはいっぱいある。
魔法と家の入手方法を探しつつ、適当に仲間を集めたい。
「ねえねえ、あなた魔法使い? どこで魔法って覚えられるの?」
町の広場には結構人がいる。その中で、魔法使いっぽい人に声をかけてみる作戦だ。黒のとんがり帽子に黒のローブという服装だし、魔法使いだよね?
「ごめんなさい、私、まだ始めたばかりで……」
そう言う女性の服装はガチャで出たものらしい。そんなものがあるのか。そういえば、わたし、初心者向けイベント全くやってないな。
「ありゃ、そうか。結構魔法使いっぽい人いるけど、みんなそんな感じなのかな?」
「さあ……、私は本当に今始めたばかりだからちょっと……」
「ねえねえ、そこの魔法使いさん! ちょっと教えて欲しいんだけど!」
こうなったら、片っ端から声をかけていこう。魔法の取り方とか秘密にすることじゃないし、聞けば教えてくれるでしょ。
「ああ、向こうに魔法屋さんあるから、そこで初期魔法は買えるよ。もしかしたら迷宮内で拾えるところとかあるかもしれないけど、今のところそんな情報は無いからね。魔法を使いたいなら買った方が良いんじゃないかな」
「おお、ありがとう! 早速行ってみるよ!」
「あ、ちょっと待って!」
魔法屋とやらへ行ってみようかと意気込んだら呼び止められた。
「何か?」
「君はもう迷宮潜ったの? 今レベルいくつ?」
「昨夜、サービスインと同時に始めたからね、レベルは十三だよ」
「まさか、第一階層クリアした?」
「うん、初回記録」
隠しても名前を見ればすぐにバレるし、胸を張って自慢しておく。伊藤さんのおかげだけど。
「ところで、なんでクリアしたって思ったの?」
「レベルだよ。僕は十なんだけど、そこから上がらないんだ。もしかしたら、第一階層の敵だと十が上限なのかなって思ってね」
なるほど。そういえば、わたしはレベル十を機に第二階層に行ったからなあ。丁度いいタイミングだったのか。
「そちらは一人なの? 良かったらパーティー組まない?」
「記録保持者に誘われると気後れしちゃうな」
「あ、記録保持者っていっても、一緒に行った人のお陰だから。わたしは全然大したことないよ」
そんなわたしの言葉は謙遜に受け取られているようだが、本気で伊藤さんの力はとてつもなく大きい。わたしも大分戦闘に慣れたが、伊藤さんはそんなレベルじゃない。
広場で立ち話をしていても何にもならないので、取り敢えず、三人で魔法屋に向かうことになった。最初に声をかけた初心者さんも一緒だ。
「そうそう、僕はセコイア、さっきも言ったけど、レベルは十。一応、魔法主体でやってる」
「あ、わたしはユズ。一応、剣士ってことになるのかな? レベルは十三だよ」
「キキョウと申します。えっと、さっき始めたばかりのレベル一の初心者です」
「まだ開始してから二十四時間も経ってないし、初心者とか気にする必要ないんじゃない? わたし、一層の初回記録取ったけど、一緒にやった人、二時間でログアウトしていったからね」
伊藤さんはトップクラスの強さだと思うけど、ゲーマーとしては超がつくほどの初心者だ。わたしはレベル十三になったけど、ステータスはそんなに劇的に上がっているわけでもない。
何より、わたしは別にガチのトッププレイヤー狙いではない。いや、最初は狙っていたけど、伊藤さんに会って打ち砕かれた。
よほど強力な武器やスキル、魔法などを手に入れない限り、伊藤さんと正面切って戦って勝てる気が全くしない。
自己紹介がてら話しながら歩いていると、魔法屋にはすぐに着いた。
薄暗い店内はそれほど広くはなく、陳列されている物もない。怪しげな道具や瓶が並んでいることもなく、それっぽい雰囲気なのは、カウンターのお爺さんくらいだ。薄汚れたローブに長く白い顎髭、ギョロリとした神経質そうな目が虚空を睨んでいる。
だが、そのお爺さんもNPCというよりほとんどマネキン人形だ。特に話しかけてくるでもなく、無表情で突っ立っているだけだ。もっとも、無表情なのは他のキャラ、プレイヤーも同じなのだが。
「このお店で売っている魔法のリストはありますか?」
尋ねてみると、パネルの表示で返答があった。そこにはいくつもの魔法の名前が並んでいる。