008 鏖殺! わたし、TSUEE!
ゆっくり反省している暇はない。扉の向こうにいるチビデブはこちらに向かってくる。先頭切って突っ込んできたチビデブをまず蹴り飛ばし、二番目を剣で突き刺す。ってあれ? 剣から赤い光が伸びてるよ? 何これ?
よく分からないことが起きているが、構っている暇はない。敵の数は十や二十じゃない。もの凄い数のチビデブが押し寄せてくるのだ。取り囲まれないよう通路に下がり、一匹ずつ確実に葬っていく。
第一階層のチビデブとは違って、持っている武器はダガーじゃなく剣や斧だし、革製ではあるものの鎧まで着込んでいる。
何度か振っていて分かったが、剣から伸びる光にも当たり判定があるし、しっかりと手応えが伝わってくる。敵の間合いが広くなっている分だけキックがしづらいが、剣の赤い光がそれを補ってくれている。
試しに左の剣を抜くと、それも赤く光りだす。二刀流なんてどう剣を振れば良いものなのか全く分からないが、両手の剣を降り下りしては突き、薙ぎ払っては突きを繰り返していれば、なんとかなりそうだ。
しかし、コイツら一体何匹いるんだろう? 五十くらいまでは数えていたが、減っている気がしないし面倒だし数えるのは諦めた。
まるで芋虫部屋みたいな数だな、と思ったところで気付いた。剣の赤い光、これ『鏖殺』だ! そういえば、敵の数が十倍以上だと発動するとなっていたはずだ。
分かれば安心して赤い光に頼れる。これが消えるのは敵の数が十を下回った時だ。まだまだ数えたくないほどいるから、気にしなくて良い。ガンガン刺して切っていけば良い。
これ本当に終わりがあるんだろうな? 奥でどんどんリスポーンしてやいないだろうな? なんて思ったりもしたが、十分くらい虐殺していたら敵の数が明らかに減ってきた。
二刀流にも少しずつ慣れて、キックの出番はめっきり減っている。だからといって、ここで調子に乗って前に出たらやられるパターンだ。逸る気持ちを抑えて、淡々と目の前のチビデブを殺していく。
ただ、それでも無理をしない範囲で、武器を持つ手を狙っていく。叩き落としてから殺せば強奪成功だ。剣は二本持っているが、予備はあるに越したことはないし、売ればお金になるだろう。
斧を振り上げた腕を赤い光が薙ぎ払い、さらに上からの振り下ろしで肩から首の辺りを狙う。左右を入れ替えて同様に繰り返していけば、だいたいそれだけで何とかなる。
それで、相手が武器を落とすかは運次第だ。強奪成功率はだいたい三割くらいだろうか。タイミングの問題なのか、当たりどころの問題なのかは分からない。分かったところで、狙えるほどの技量がないのだから、気にするだけ無駄というものである。
敵の数が減ってきたら、注意しなければならない。鏖殺が切れると間合いが半減するのだ。そのタイミングを把握しておかないと、大きな隙ができてしまいかねない。
残り十三……、十二……、十一……、十!
カウントダウンしていき、残り九匹となった時点で剣の赤い光は散り消えていった。まあ、そんなエフェクトはどうでも良い。重要なのは、残り九匹は気を引き締めていかねばならない、ということだ。
数が減って動きのパターンが変わるかもしれない、と警戒しながら突き攻撃を繰り返していくが、特に何も変わらず、最後の一匹のHPもゼロになった。
敵の数が変わって、動きのパターンが変わったのはわたしの方だったか。
部屋の奥に隠れ潜んでいるヤツがいるかもしれないが、とりあえず向かってくる敵はいなさそうだ。まずは、戦利品を回収しよう。チビデブの死体が山になっている。
インベントリを開いて、チビデブの剣や斧を放り込んでいくと死体が一つまた一つと消えていく。戦利品は『安物の剣』が十七本に『安物の斧』が十四本、安物のダガーが三本だ。残念ながら、槍はゲットできていない。槍を相手にするのは難しいんだよ……
コイツらの装備ってどこで手に入れている設定なんだろう? と思っていたら、すぐにその疑問は解消された。広間の奥から続く廊下の先に、工房らしき部屋がいくつも並んでいたのだ。
見た感じだと、左手前から鍛治工房で、その奥に革細工。右の手前が厨房でその奥が織物っぽい感じだ。ここで生産系のスキルでも取れるのだろうか、鍛治工房に入って調べてみるが、金床やハンマーなどの道具類は部屋にくっついて動かないし、生産の作業自体はできそうにない。どこかに触れたらメニューパネルが開かないかと、片っ端からそこら中にぺたぺたと触ってみるが反応がない。
どういうことだと一旦部屋の外に出ようとして見つけた。入口の内側すぐ横に、宝玉だか魔石だかよく分からないが、薄青の球体の石が埋め込まれているのだ。それに触れてみると、ピロンと音が鳴り、パネルが表示された。
『鍛冶工房(小)を作成しますか? 作成した鍛冶工房はインベントリを五枠必要とします。所持している工房用建物内で使用することで、鍛冶ができるようになります。』
工房の作成に必要なCPは二十。一度キャンセルして他の工房を確認してみたが、要求されるCPはどれも同じだった。現在のCPは九十五なので、四つ全部取得できるが、やっちゃって良いものなのか……?
悩みどころではあるが、あまり長い時間悩んでいるわけにもいかない。チビデブのリスポーンが始まる前にここを出なければならない。出口を塞がれてあの数に囲まれたら、どうにもならないだろう。
「いっちゃえ!」
腹を括って、鍛治、皮革、織物の工房に厨房、その四つ全部を取っておくことにした。それだけでインベントリは二十枠が工房で埋まった。
インベントリの枠は全部で三十しかないところに、これはかなり大きい。空きが残り五枠しかない。早く家をゲットするか、工房を売るかする必要があるだろう。
他に取れそうなものも無いようだし、長居は無用だ。急いでチビデブの住処を出て、第二階層の探索へと戻った。
崖に沿って進んでいくと、サバンナは突如として終わって岩場となり、側面の壁に到達した。ここまで、敵の姿はない。拍子抜けである。
どうしようか考えながら右へと折れて奥側へと進み、二百メートルほどのところでされに右に折れる。つまり、元の壁を右に見ながら中央の方へと戻っていく感じだ。
変わったものはすぐに見つけることができた。たぶん、あれは敵だ。
姿は、どう見ても鮭だ。それの腹の下から、八本のカニのようなヒョロ長い足が生えている。
なんで鮭が熱帯の草原にいるんだよ。あれは寒い地方のお魚でしょうが。しかも、運営のセンスを疑いたくなる酷いデザインで、とても気色が悪い。
アレと戦うのヤだなあ、と思っていたら、向こうからやってきた。八本の足をシャカシャカと動かして走ってくる。大変に気色が悪い。しかも、口からいくつもの水球を吐き、飛ばしてくる。
慌てて避けはしたが、そこらに着弾した水は生臭い臭いを放つ。本当にもう勘弁してほしい。こんなのと戦いたくないよ。
戦いもせずに逃げることにしたわたしは、全力でサバンナを駆ける。剣を持ったまま走るのって中々に大変だ。だが、走りながら鞘に収めるなんてできるはずもない。
後ろを振り返ると、足をシャカシャカさせながら、二匹の鮭が追ってきている。どこから湧いて出てきたのか、なんか増えてるし。
だが、それも長くは続かなかった。二百メートルも走れば鮭は諦めて離れていった。逃げ切れる条件は敵との距離なのか、エリアなのか。分からないことはいっぱいあるが、鮭で確認したくない。
この辺りには、鮭が結構いっぱいいるが、他の種類のモンスターは見当たらない。種族ごとにナワバリでもあるのだろうか。それとも、第二階層には鮭しかいないのか。
嫌な想像が頭によぎったが、すぐにそれは間違いだとわかった。左前方にカエルがいるのだ。大きさは……、かなり大きくないかアレ。数十メートルは離れているはずなのに、明確にカエルだとわかる大きさなのだ。
試しに近づいてみると、ゲゴォと鳴きながら飛び跳ねてこちらに向かってくる。全身に無数のイボイボを持つ茶色のカエルは、体長一メートルくらいある。
とても、キモくて怖いです。運営のセンスが分からん。本気で分からん。