第18話 警察署にて
現場の確認を終えると、再びパトカーに乗りホテルに帰ってくる。とりあえず、私を逮捕するという話にはならなかったが、明日の飛行機はキャンセルしなければならないらしい。
警察署の場所なんて分からないと駄々をこねると、パトカーで迎えに来てくれることになった。取り調べ、というか事情聴取は宮永さんからも行うことになるらしい。
朝食後、ホテルのロビーで待っていると、土井副社長がやってきた。
「あれ? 土井副社長も一緒に来るんですか?」
「未成年者だけってわけにもいかないだろう。ああ、二人とも保護者には簡単に説明しておいた。自分でも連絡するんだぞ」
言われて宮永さんは慌ててスマホを取り出す。私は別に心配などされていないと思うが、土井副社長が睨んでくるので一応スマホを出して親にかける。
案の定というべきか、心配していたのは私が逮捕されるんじゃないかということだった。今回は宮永さんもかばってくれるだろうし、きっと大丈夫だろうと思う。
電話が終わるころには警察官もやってくる。パトカーに乗って警察署に着くと、私と宮永さんは別の部屋に案内されることになった。
「土井副社長は宮永さんの方についていてあげてください」
「お前は良いのか?」
「まあ、私は負けませんよ」
「何にだよ⁉ 何と戦うつもりだよ!」
激しくツッコミを入れてくる土井副社長の横で、宮永さんも笑っている。この分ならば大丈夫だろう。
「もう一度、昨夜のことを最初から説明してもらいたいのだが」
「めんどくさ」
「そうだな。面倒臭いけど、書類ってものを作らなきゃならないんだ。嫌だってなら殺人罪で逮捕することになるぞ」
「それは困るな」
破落戸どもを殺した犯人ではないという弁明も含めて説明せよということなのだろう。ただし、あの六人のうち一人は間違いなく私の攻撃が致命打になっているはずだ。それについても隠さず誤魔化さず説明する。
辻褄合わせが面倒な嘘を吐くのも嫌になり、あの部屋にあった模造刀で叩き殺してやったことも素直に説明する。コウノとかいう大男は体格が違いすぎるし、ナイフなど持ち出されれば素手での応戦は無理だという説明にも納得してくれる。
「しかしな、あいつらを叩きのめすのではなくて、逃げることはできなかったのか?」
この質問は想定の範囲内だ。これに関して、私の答えは一つしかない。
「もう一人の子、宮永さんを見捨てて逃げることはいつでもできました」
結局のところ、宮永さんがいなければクルマに押し込まれて拉致されることもなかったのだ。それをわざわざ一緒に拉致されていったのは、宮永さんの被害を最小限に抑えるためだ。どんなに急いで通報したところで、宮永さんが暴行を受ける前に警察が到着することは不可能だろう。
「あなたね、どれだけ自分の強さに自信があるのか知らないけれど、女の子なんだよ? 無茶をするのは止めなさい」
「いいや、私の力は戦うためにある。戦う力のない者を見捨てて逃げるなどあり得ないことだ」
それだけは断言させてもらう。警察官が困った顔をしようとも、それだけは曲げられない。そもそも私が鍛錬を重ねているのは、真っ向から戦うためだ。なのに危ないからと逃げてしまったのでは、血を吐く思いで鍛えてきた十年がまるっきりの無駄ということになってしまう。
「ところで、銃は見つかったんですか?」
私が刺殺犯ではないことを主張するためにもこれは重要なことだ。別の誰かが侵入していることが明らかになれば、私の疑いもぐっと軽くなるだろう。
「……君の持ち物調べさせてくれるか?」
「構いませんよ。出てこないですけどね」
「出てくると思ってないよ。本当に君が犯人だとしても、どこか別の場所に隠してるに決まってるだろ」
警察官も面倒くさいけど仕事だからしなければならないという。なお、ハンドバッグを検めるのは女性の警察官だ。そこは配慮してくれているのだろう。
「モバイルバッテリーに洗顔用品、化粧道具。それに生徒手帳、自宅の鍵ですか。あれ、札幌の高校なんですか?」
「ああ、最初に言っているはずだが。そういえばこれ、何時ごろ終わります? 帰りのチケット取り直さないとならないんだが」
「明日以降にしてもらえるとありがたい」
「そんなにかかるの⁉」
横から帰ってきたら答えにがっくりとしてしまう。
私はもう帰りたいのだが、この後写真などをもとにして私やチンピラがどう動いたのかなどを一つひとつ確認したいというのだ。それによって、刺殺犯がどう動いたのか、一人なのか複数の可能性があるのかなども検討しようというのだから断りようがない。
お昼に一度解放され、入口付近で待っていた宮永さんと土井副社長とともに近くのファミレスへ行く。話を聞いてみると宮永さんの聴取自体は一時間もかからず終わっているらしく、メンタルケアや防犯について色々とレクチャーされていたらしい。
「私の方はまだ話が終わっていない。土井副社長は……、戻ってくれていて構わないですよ。そうそう、ホテルをもう一泊取っておいてもらえると助かります。 お金は払うので」
「そんなに長くなるのか?」
「飛行機の便は明日にした方が良いと言われている。まあ、あと一、二時間で終わることもなさそうだし」
土井副社長は心配そうな表情をするが、私としてはとても疲れるだけで大した問題はない。
部屋の中にどこに何があったのかの説明を思いつく限りしていくのだが、写真と記憶を照らし合わせると差異がいくつも残っている。とても面倒だが、全部説明してきちんと操作しなければ私が犯人扱いされてしまいかねない。
警察署に戻ると、通されたのは会議室だ。出されたお茶を飲んで待っていると、偉そうなひとまでぞろぞろとやってくる。
「君らを攫ったというのは、この男だな?」
プロジェクターで映し出された写真は、コウノとかいう大男だ。ただし、裸ではなく服を着ている。
「その表現はよくない。正しくいうと、この男は攫われた先にいた。車に押し込んで拉致した者たちの中にはいなかった」
「攫った目的は何だと思う?」
「エロいことだろう? 裸にされたし、裸で出てきたし」
「平然と言うね君は……」
「まあ、私が勝ったからな。負けていればショックだろうが、怪我すらしていないのに怖気付くこともないだろう」
私の返答に信じられないものを見るような目を向けられるが、実際に無傷で勝っているし、相手は死んでいるし、恥ずかしいとか怖いとかあるわけがない。
その後も何人かの顔写真が出されるが、刺青の入った男以外は正直言って判然としない。全員、大した強さでもなかったし、見た目のインパクトがよほど強くなければ覚えてなどいない。
そして、いくつか見せられた写真に、下っ端のものはなかった。警察にもマークされていないならば、本当に単に臆病な小物なのか、用心深く慎重なタイプなのだろう。
戻ってきて止めを刺してまわるだけならばともかく、金庫を荒らすようなことはしないはずだ。
「ねえ、伊藤さん。あなた何か隠していること無い?」
あらかた説明が終わる頃に、下から睨め上げるように聞いてくる。
「別に隠していることはない」
こういうのは怯んだら負けだ。表情を変えずに堂々と断言すれば良い。
「じゃあ、説明してくれるのね」
そう言われたら、奴らの財布からお札を抜いていったことと、部屋にあった模造刀を持っていったことは話してしまわざるを得ない。
「それは泥棒だろう」
冷静に突っ込まれてしまうが、引き下がるつもりはない。
「ちょっとだけ抜き取らせてもらっだだけだ。別に通帳印鑑を盗み大金を奪ったわけではない。少なくとも、帰りのタクシー代相当金額に関しては、断固として正当性を主張させてもらう」
掛かるのはタクシー代だけではない。ゴタゴタのために帰りの飛行機をキャンセルしたりもう一泊ホテルを取ったりと、実際に費用が掛かってしまうのだ。それだけで一万円や二万円は消えてしまう。
宮永さんの分も含めて考えれば、四万円少々で目くじらを立てられたくないと思う。
「本当に四万円?」
「証明は難しいが、今私の財布に入っているのは三万と……九千円ほどだ」
財布からお札を取り出して見せる。元々二万円ほど入れていたところに、二万円を加えている。残りは宮永さんに渡してあるため私の手元にはない。
「まあ、分かった」
全然納得してないような表情と言い方だが、警察官がそう言っている以上藪蛇は突くまい。
「しかしだ」
そう言って間を置く。
「模造刀は慰謝料代わりだ 民事で訴訟を起こしたりするのも面倒だし、私としてはそれで不問にしてやるというのだ。」
できるだけ澄まして言うが、警察官たちの顔色が途端に険しくなる。
慰謝料なんてものは、当人の合意もしくは裁判所の判決出る決まるもので、一方が勝手に決められるものではない。
常識としてそれくらいは知っているが、アウトロー同士の衝突ではその常識が通用しない。慰謝料は買った側が決めるのだ。
「愚かにも、彼らは私と敵対する道を選んだのだ。平伏すれば赦してやると何度も言ってやったんだ」
それにもかかわらず、チンピラどもは暴力で応戦しようとしたのだ。ナイフや銃まで持ち出してだ。
ならば、戦利品の一つや二つを頂いても罰は当たらないだろう。
「いや、ダメだよ? 強盗だよ?」
なんて言うが、私は彼らの部屋に押し入ったわけではない。私を拉致し連れて行ったのは彼ら自身だし、敵対する選択をしたのも彼らだ。