第9話 テスト結果
蓋を開けてみたらビックリだった。
試験の問題数がだ。
個々の問題の難易度は大したことはない。きちんと勉強している優等生たちならば、解けるだろう。
だが、その数が多すぎる。
B4サイズの用紙が四枚。今までの四倍の問題量である。
対して試験時間は据え置きで五十分のままだ。
いくらなんでも時間に対して問題数が多すぎやしないだろうか?
一日目の最初の一時間目の英語が終わった時点でみんなぐったりしていた。
いつもなら、「どうだった?」と意味もなく聞く人と、次の時間のノートを見せてだの往生際の悪いことを言う人で騒がしくなるのだが、教室内はしんと静まり返っている。
まあ、気持ちは分からなくもない。
時間に追われながら問題を解き続けるのは精神的に疲れるものだ。
だが、疲れたと溜息を吐いていても仕方がない。私は右腕と目のマッサージをしながら次の試験に備えるが、他の生徒たちは気持ちの切り替えができていないようだ。
近藤さんと及川くんも、暗い表情で黙ったまま座っている。
「終わったことは取り敢えず置いといて、次のことを考えていかないと、悪くなる一方だよ?」
二人に軽く声を掛けるが返事はない。それ以上かける言葉も思いつかないのでトイレに向かう。
今までのテストなら途中退室する余裕があったが、この問題数ではそんな余裕はない。排泄は済ませておくべきだろう。
と思うんだけど、トイレはガラガラに空いていた。他のクラスの子もみんな、高得点は諦めてしまったのだろうか。
まあ、誰かが不当なことをしているわけでもないのだから、他人がテストにどう取り組んでも、その結果がどうなっても、私が一々気にして心配してやることでもない。
私は自分が全力を尽くすことを考えていれば良いのだ。
「一日目終了!」
三時間目の終了のチャイムが鳴り、ペンを置いて大きく伸びをする。
問題数がとんでもないことになっていたのは英語だけではなかった。
社会科に、美術までもが問題用紙数枚使うという呆れた出題数だったのだ。社会科はともかく、美術でよくこんなに問題作れたなと感心してしまうほどだ。試験範囲の全内容が出題されているのではないかと思うくらいだ。
試験期間中は午前の三時間だけで終わる。給食も無しでお昼前には帰れるのだ。
正直、今までは何で午前中だけなのかと思っていた。三時間ずつ、四日かけてやるのなら、一日に六時間やって二日休みにしてほしい、と。
だが、今日は一日三時間までということに感謝したいと思った。これを六時間はキツイ。
なるほど、人によっては今までのテストでも大変だったのだろうかと思う。
「伊藤さんの満点記録もこれで終わりかな?」
帰りがけに、井上くんがネチッこい笑みを浮かべて、しょうもないことを言ってくる。
「え? そんなわけないでしょ。何で終わりだと思うの?」
「一時間であんなの全部できるわけないじゃん!」
「え? 何で? 私は別に時間が足りないとは思わなかったけど……」
まあ、頑張らないと時間内に終わらないが、逆に言えば、頑張れば時間内で全問回答できるし、五分くらいは時間が余る。ならば、全問正解できない道理はない。
ビックリする程の問題量ではあるが、私ではなくても成績上位者なら、全問回答が絶対無理と言うほどではない。
「っていうか、あなたは人の成績を気にしていられるほど余裕があるの? それとも、諦めちゃったからお仲間でも探しているのかしら?」
「わ、悪いかよ!」
なんと、井上くんは開き直りよった。
まあ、悪いかと聞かれたら、悪いことだろう。法律に触れる行為ではないが、不愉快だ。
「そう。全てあなたが悪いの。だから、死になさい」
そう断言すると、井上くんは泣き出してしまった。
「死ね、は酷すぎない?」
そんな声が聞こえてくるが、悪は死すべきだ。というか、未来を求めない生に何の価値があるのだろうか?
結果を出せない奴は死ねとか言うつもりはない。思ったりすることはあるが、それは言わないお約束というやつだ。
だが、結果を出すつもりがなく、他人が失敗するのを期待しているような者に死ねと言って何が悪いのか。
「伊藤さん、厳しすぎるよ……」
近藤さんが怯えたように言うが、そんなに厳しいのだろうか?
「まあ、他人のことをどうこう言うより、自分のこと頑張った方が良いんじゃない? テストなんて余裕綽々だって言うなら良いけどさ」
私の言葉に、近藤さんたちは顔を引きつらせる。
「ね、ねえ。数学ってどこ出ると思う?」
「全部やっておけば良いんじゃない? あの量でヤマ張るとか意味無いでしょ?」
「たしかに……」
あの問題量は、ヤマを張っての一夜漬けでは高得点できないように、というのも意図しているのだと思う。
ちゃんと毎日、その日の分を消化していれば解けない問題は一つもない。まあ、それができていないから試験前に慌てたりしているのだろうけど。
二日目以降も、大量の問題の試験は続き、試験期間が終わった時には、みんな抜け殻のようになっていた。
なんと情けないことか。
普段、如何に真面目に勉強していないかと言うことであろう。
結局、全ての教科で問題数が四、五倍に膨れ上がっていて、全教科で全問回答したのは私だけという結果になった。
これまでの定期テストとのあまりの差に、親からも苦情が来てたりするが、新校長はそんなのは全く相手にしない構えだ。
満点を取っている人がいるのだから、満点を取れなくなったと文句を言われても『勉強不足』と切り捨てるだけだ。
「時間がもっとあれば解けるのに」と言う声もあるが、これは私も否定する。素早く解く訓練はすべきだ。いつでも時間に余裕があるとは限らないわけで、思考の瞬発力は鍛えておくべきだ。
「伊藤、二百点だ」
テストの返却の際に、点数を公表された。プライバシーの侵害ではないのか? 他の人の点数は伏せられているのに、何故私だけ公表するのか。
校長先生に文句を言いに行ったら、それくらい良いじゃないかと言うが、これは差別だろう。点数によって公表するかを変えるべきではない。個別の事情など考慮する必要などない。何故、全ての生徒を同等に公平に扱うことができないのか。
「生徒のレベルにあった指導をするべきじゃあないのかい?」
「それとこれとは別でしょう。私の点数だけをみんなに教えることが教育指導の一環だと言うなら、それによってどんな効果が得られる見込みなのか教えていただけますか?」
結果として効果が思うように出なかった、とかはある程度は仕方がないし、うるさくギャーギャー言うつもりもない。生徒により向き不向きや相性というものがあるし、それを完璧に把握するのは困難を極めるだろう。
だが、効果の見込みも語れないものが教育や指導であるはずがない。
「期待される教育効果があるならば、扱いに差があることも受け入れるのかね?」
校長先生が眉間のシワを深くする。
「そうですね。明確な損失、不利益がなければ」
一拍おいて答えると、校長先生は大きく嘆息した。
「期待される教育効果などなかろう。褒めても貶しても、君は変わらず努力をするだろう。変な扱いをして済まなかった」
諦めたような表情で頭を下げる。
ううむ。私と言い争うのは時間の無駄だと引き下がったようだ。暗にお前は未熟だと言われているようで非常に不愉快で腹が立つが、それを態度に出せば本当にただの未熟者だ。
言いたいことはすべて言ったので、それ以上ゴネる必要もない。
「それでは、私はこれで失礼しますの前に……」
一つ忘れていたことを思い出した。
「私、芸能人やって学校的に大丈夫ですか?」
「は?」
校長先生の間の抜けた声が返ってきた。