5話 逮捕…されただと…!?

想定外の事態になった。

なんと、傷害致死で逮捕されてしまったのだ。

ちょっと待ってよ。致死の部分の責任が何で私ってことになってるワケ? 学校の責任はどこにいっちゃったのよ?

こうなったら、私のすることは一つだ。

「正当防衛でござる」

「弁護士を呼びたまえ」

これしか言わないでいたら、警察の方はなんか色々喋ってくれた。釣られて私が変なことを言うのを誘っているのだろうが、私はそんな手には乗らない。

人殺しの根性をなめてもらっては困る。睨まれたって凄まれたって、どうと言うことはない。

「正当防衛でござる」

私も相手を睨みつけて、ドスを効かせて主張するだけだ。

そして、取り調べの時間が終わったら、ひたすらドアを殴る。

「何をしている!」

どごおおん、どごおおおんと轟音を響かせていたら、引き攣った顔の男が突如扉を開けて怒鳴り込んできた。

何をと言われても、愛用の木剣を持ち込むことはできないのだから、当然、剣の修練ができないのだ。素手での殴打の鍛錬をするしかなかろう。

だが、今、私が口にするべき言葉は一つ!

「正当防衛でござるッッ!」

なんか知らないけど、男は全身を震わせて「ら・ら・ら・ら……」と歌いだした。

……ひたすら「ら」を繰り返すのだ、きっと歌っているのだろう。

「じゃあ、私はそろそろ帰りますね」

何かもう、相手をするのも面倒なので、開けられたままの扉から出て行く。

私は扉をだらしなく開けっ放しにはしない。きちんと閉めてから、廊下を歩いて建物の外に出る。すれ違う人に「失礼します」と挨拶しても誰にも止められもしないのだ、問題なかろう。

警察署から家までは徒歩で一時間かからない程度だ。中学生が外を歩くには少々遅い時間だが、まあ、別段気にすることもない。お星様も綺麗だし、たまには夜の散歩も良いものだ。

事件発生から十日後、校長先生がいなくなったらしい。

らしい、と言うのはだ。私は学校に行っていない。

私は再び逮捕されていた。何故だ。同じ件で二度逮捕することはできないはずだ。

と思ったら、傷害致死からただの傷害に変わっていた。

「正当防衛でござるッッ!」

相変わらず私の答えは変わらない。警察の人も本当にしつこいものだ。そして、私は少年鑑別所に送られた。

まあ、そこでも私の言動は変わらないのだが。

発する言葉は「正当防衛でござる」のみだ。

そして、扉は、殴る。

気合いを込めて、どおおおおん、どおおおおん、と響かせていたら、慌てた顔をして係員がやってきた。

「何をしているのですッッ!」

「正当防衛でござるッッ!」

「そんな暴力的な人が正当防衛なワケがないでしょう!」

何か、阿呆なことを言い出した。

腹が立った私はバカに向かって殺気を全開で叩きつけると、バカは二人揃って腰を抜かしてヘタリ込んだ。なんと情けない奴らだ。

「あの、私のどこが暴力的なのでしょう?」

私は開けっ放しの扉を出て、丁寧に閉めてから声をかける。

「こ、こんな、こんな、こんな……」

「こんな、何ですか?」

「こんなことをして、許されるとでも、思っているのか? ここから出しなさい!」

何だかよく分からないことを叫びだした。

その部屋から出たいならば、勝手に出てくれば良い。私はこの施設の管理者じゃあないのだから、誰かを入れるとか出すとか決める権利なんて無い。

第一、鍵は彼らが持っているはずで、私は持っていない。彼らが開けられない扉を私が開けることなどできるはずがないだろう。

頭の悪い人は無視して宿直室で寝ていたら、体を揺り起こされた。

顔を上げてみると、オジサンというよりお爺さんと言ったほうが近いような年配気味の男性がいた。

「お嬢ちゃんは一体なんだね? どうしてこんなところで寝ている?」

「私は無実でござる! 正当防衛でござる!!」

相変わらず同じ言葉を口にしてみるが、事情が分からない人にとっては私がヤバい人にしか見えないかもしれない。

「ええと、ここに連れてこられたのですが、どうして良いのか分からなくて……」

いや、本当にどうしたものだろうか。勝手に帰って大丈夫なのか判断がつかない。

そうだ、この人に断れば良いではないか!

「もう、帰って良いでしょうか?」

聞いてみたがダメだった。

名前や経緯を聞かれ、正直に答えると難しい顔で却下された。

「で、その二人はどこにいる?」

まあ、この辺りを隠す意味も誤魔化す意味もない。素直に部屋の前まで案内する。

「及川、森山、いるのか?」

和田と名乗ったお爺さんが部屋の中に呼びかけるとすぐに反応があった。

「和田さん? 開けてください! ここに閉じ込められて……」

「いや、開けてくれって言われても、俺、鍵持ってねえんだが?」

「な? おい! 伊藤、伊藤芳香! 開けろ! 開けろと言っているんだ!」

そんな叫ばれたって、私は鍵なんて持っていない。むしろ、鍵を持っているのは彼らだろう。じゃなければ、どうやって開けて入ったというのだ。

私は開いていた扉を閉めただけだ。

私が冷静にツッコむと、和田さんは何とも言えない表情で視線を彷徨わせている。

中から小窓を通して和田さんに鍵が渡されて扉が開けられると、バカが出てきた。そして、私の顔を見るなり殴りかかってきた。

振り下ろされた拳を額で受け止めて、腕を掴んでそのままへし折る。

「なんと暴力的なのでしょう。とっさの防御のつもりが、勢いあまって腕を折ってしまったではありませんか」

棒読みになってしまった感があるが、まあ、良いだろう。ちゃんと、言って主張しておくことが大切だ。

バカの片割れは怯えた表情で後退り、和田さんは険しい顔で「落ち着きなさい」と繰り返す。

もちろん、私は落ち着いている。興奮しているのはバカの方だ。「許さない!」なんて喚いているが、いきなり殴りかかってきたのは向こうだ。いい歳をした大人が自分勝手な見苦しい言動をするのはやめてほしい。

「一つ聞くが、さっきのはワザとか?」

殴りかかってきたバカ、こちらが及川らしい、彼の怪我の応急処置をしながら和田さんは私を睨む。

だが、何のことだか私にはサッパリ分からない。

「そんなことより、私はもう帰って良いですか? 変な人たちの相手もいい加減面倒なのですが……」

本当にうんざりである。だが、答えはノーだった。

しかも、食事を済ませたら何もない部屋に入っていろという。それは全力でお断りである。剣も本もない部屋で何をしていろというのか。

「反省をしなさい」

和田さんはそう言うが、一体全体何を反省すればいいのだろうか。

バカの腕を折るのではなく、苦しまないよう一撃であの世に送れば良かったとかだろうか?

「違う! どうしてそうなる?」

疑問を口にしてみると、和田さんは声を荒らげる。

「では、二度と暴力を振るえないように、両腕とも斬り飛ばしておくべきだったとか……」

「どうして君はそう物騒なんだ!」

なんだかよく分からないことを言う人だ。

私は剣士なのだから、敵は斬り伏せるのが基本だ。それを、殺してしまわぬようにと色々考えているのに、何が不満だというのか。

「そうじゃない。暴力を振るうなと言っているんだ」

「何を言っているんです? 暴力を振るってきたのは及川とかいうバカですよ? 見ていなかったんですか?」

何故だ。何故、私が暴力を振るったことになっているんだ。解せぬ。

それが理解できたのは、尋問だか審問だかの時だった。

「何故、暴力を振るった?」

もう、向こうは私が攻撃をしたと決めつけているのだ。

「私は暴力を振るってなどいません。いきなり攻撃されたから防衛しただけです。暴力を振るったなどと言うならその根拠を示してください」

これは当然の主張だ。

何を以って私が攻撃をしたと言うのか。それをハッキリさせなければ話が全く進まない。

「あなたが暴力を振るっていないのなら、何故、吉田昌樹教諭は死亡したのですか」

「怪我の処置をせず、放置したからではありませんか?」

「何故、彼は怪我をしたのですか?」

「私に攻撃を加えようとしたからでしょう?」

ハッキリ言って、愚問である。答えは明白だ。私でなくとも、そう答えるだろう。

あるいは、このやりとりは『お約束』的なものかとも思ったのだが、次の質問でそうではないことが分かった。

「攻撃しようとしたら怪我をするのですか? 普通は攻撃をされたら怪我をするんじゃないですか?」

心底不思議そうに言ってくるのだ。驚きである。

「一体、なんのゲームの話をしているんですか?」

「ゲーム?」

「攻撃に失敗したらそれで終わり。では済まないんです。だから武術ってものがあるんです。」

たとえば、金属の留め具などが付いたバッグでパンチを防げば、殴ってきた人の拳は怪我をする。

剣や斧は振り回して攻撃することができるが、逆に相手の攻撃を防ぐためにも使うことができる。蹴りを防ぐのに使ったら、蹴ろうとした足は怪我をするだろう。

「それとこれとは」

「違いませんよ。及川とかいう愚か者が良い例です」

「そちらも正当防衛だと言いたいのか」

「いえ、防衛以前ですよ。素手の拳で人の顔面を殴ったら、手の骨が折れるなんて当たり前のことですよ。自分が怪我をせずに顔面を殴るのは結構な技術が必要です。そこに防御されたら怪我をしない方が不思議です。間違って歯に当たりでもしたら、肉まで抉れますし」

偉そうにしている人たちは揃って嫌そうな顔をする。まあ、彼らは法律だか倫理だかのオベンキョウはしていても、実際に怒りに任せて人を殴りつけたらどうなるかなど知らないのだろう。

そして、もう一つ重要なことがある。

拘束から離脱するには物理的な力の行使が必要だが、それは防衛であって、攻撃ではない。

「だからと言って、殴る蹴るはやり過ぎだ!」

頭の悪い言い分に溜息を吐きつつおもむろに立ち上がり、偉そうなバカの背後に回り込むと、薄くなってきている髪を鷲掴みにする。

オジサンは顔を歪め悲鳴を上げて「離せ! 離せ!」と叫ぶが、私は手を緩めない。

「全く理解していないようですから、教えて差し上げます。拘束されるというのは、暴力を継続的に受け続けているということなのですよ」

拘束や絞め技などは、打撃のような離散的な攻撃とは違うのだ。隙を見て逃げるといったことは根本的に不可能で、逃げるにも実力行使が不可欠だ。

「どうですか? 殴る蹴るなどせずとも、実力行使をしなくても逃げられますか? できるのでしょう? そんな技術があるならば、やって見せてください」

冷たく言い放つも、バカは泣き喚くばかりだ。

「分かった。もういい、分かったから離してやってくれ」

隣に座っていたオジサンが頭を下げてきたので、髪を掴む手を引っ込める。何十本も髪が抜けている。即座に実力行使して抜け出さずに、モタモタしているとこうなるのだ。

その後の話し合いで、正当防衛の主張が通り、私は放免された。

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