第11話 新たなる旅立ち
「なんだ……? ここはどこだ?」
目を覚ました木村は周囲を見回して呆然とした表情を見せる。
右を見ても、左を見ても上も下も『白』しかない。
「そうだ、俺は?」
木村は自分の手を目の前に持ち上げる。
そこにあるのは、体毛に覆われた太い腕に、鋭い爪。紛れもなくエゾヒグマの前足だ。
「クソッ! 何でだ! 一体何がどうなってるんだ!」
木村は虚空に向かって声を荒らげるが、返事は帰ってこない。
「なあ、おい、誰か……」
急に弱気になったのか、声が小さくなる木村。
あてもなく、白い空間の中をうろつくが、どこまで行っても『白』しかない。というか、進んでいるのかすら分からないほどだ。
――おい、木村。
反応が無い。
――無視するならそこに置き去りにするよ?
「ちょ、ちょっと待て! 誰だお前は?」
――私は神だよ。残念ながら、お前さんはトラックに跳ねられて死んでしまったんだ。あまりにもオモ、いや、可哀想だったから、チャンスをやろうと思ってな。
「俺が死んだ? チャンス?」
よし、面白いと言いかけたことには突っ込んで来ないようだな。
――お前さんには二つの道を用意してやろう。あの世で安らかに眠りに就くか、転生してもう一度、生を歩んでみるか。
「生き返れるのか?」
――ああ、元の世界で元のように、とはいかないがな。
「それでも良い、生き返るので頼む。」
――よし、分かった。では行くが良い。
私は神の奇跡の力で、木村をある世界へと送ってやった。
そこは、人間の生者からこう呼ばれている。
【地獄】
さて、次は田村だ。
今は午前三時。田村はぐっすり就寝中である。
――おい、田村。
夢の中で田村に呼びかけてみる。
「はい、どちら様でしょうか?」
普通に返事されると、なんか調子が狂う。もうちょっと、変なアクションとか、まあ、しないか。
――木村が死んだ。お前がヒグマにしたあいつだ。
「死んだ? あのクマ野郎が?」
私が頷くと、田村は大声で笑いだした。
おい、人が死んだと聞いて笑うとは何事だよ。どんな教育受けたんだお前は。
「これで、食い殺される心配はなくなったということだな?」
落ち着いた田村が顔を上げて、嬉しそうに確認する。
――まあ、そうだな。だが、他人が死んだと聞いて、笑うものじゃないぞ。そんなことをしていたら地獄に落ちるぞ。
まあ、実際に地獄に落ちたのは木村だが。大笑いだよ。
――そもそも、お前はクマの肉体を他人に押し付けて、良心が痛んだりしないのか? 一人の人生を狂わせたんだぞ?
「その前にあいつは俺を檻に閉じ込めようとしたんだ。人生滅茶苦茶にしようとしたのは木村だろ!」
鼻息荒く言う田村。彼は相当に木村のことを恨んでいるようだ。
これ以上話をしても仕方が無いだろう。
――まあ、分かった。平和な人生を愉しめよ。
それだけ言い残して田村の夢から去る。
木村の目が覚めた。
畑のど真ん中。
木村は生き返っただ。
地獄には畑がある。地獄とは言え、生き物が暮らす世界なのだ。作物の栽培くらいはする。
天国は死んだ者の魂が眠る場所だが、地獄とは、汚れの多い魂が転生して暮らす場所だ。
地獄で死んだら、また、元の世界で新たな生を受ける。
それが輪廻転生ってものだ。
「ここは、どこだ?」
赤い空を見上げ、木村が呟く。
足下には小さなキャベツが幾つも連なっている。
「どこだよ。ここは。」
どこだどこだと繰り返しながら、木村は立ち上がり、集落の方へと歩いて行く。
「う、うわあああああ! 化け物ォォォォ!」
「化け? なにゃあああああ!」
木村の姿を見た住人たちは悲鳴を上げ、建物の中へと逃げて行く。
その姿を見て、涎を垂らしながら木村は集落へと走りだした。
「おい、ここはどこだ?」
「ぎゃあああ! 来るな化け物おおおおお!」
「助けてくれえぇぇ!」
木村の問いに答える者などいない。悲鳴を上げて逃げ惑うばかりだ。
ここに住む者たちは、背丈が木村の体高の半分ほどしかないのだ。
後ろ足で立ち上がったのなら、その背丈が三メートルを軽く超える巨大なクマ。それが涎を垂らして接近してきている、と想像すれば、その恐怖はわかるだろうか。
「ここはどこだって聞いてるんだよ! 答えれや!」
木村は激高し、怒鳴りつけるが、悲鳴しか帰ってこない。
「ふざけんなよ、お前ら。食い殺すぞ!」
一時間後。
集落のあった場所には、惨劇の跡だけが残っていた。