023 デォフナハとエーギノミーア

父の指示で手配された王宮の一室に通され、私は椅子に腰かける。会議用なのだろうか、部屋の中に調度品はほとんどなく、中央に石造りのテーブルと、それを囲む六つの椅子、そして部屋の隅にお茶を用意するための台があるだけだ。

「包み隠さず話してくれ。其方ら他に何を隠している?」

四人全員が席に着くと、父が切り出す。

「何をと申されましても、意図的に伏せていたことは、全て明かしていますよ。特に新年のパーティー以降、隠しておけなくなりましたしね。」

恐らく、私が非常識だと思ったハネシテゼの発言の全てが男爵の言う『伏せられていたこと』なのだと思う。

「ええと、魔力の扱い方に魔法の覚え方。それから、魔物との戦い方、白狐のこと、魔物の植物。ほかに何かございましたっけ?」

学院に入学してからのことを思い出しながら数え上げていくと結構ある。実は、かなり大盤振る舞いで教えてくれているのではないだろうか。

「他にはもうないのか?」

「何とも言えませんね。ハネシテゼが何を知っているのか、私も全てを把握しているわけではございませんから……」

「其方は母親だろう! 娘の管理くらいしておけ!」

「無理です。この子は私の理解を超えております。」

デォフナハ男爵はあっさりと匙を投げた。その横でハネシテゼも平然としているし、この親子はこれが通常の状態なのだろうか。

「公爵さまは何を知りたいのでしょう? 私も公爵さまが何を知らないか分からないのです。」

短い付き合いだが、ハネシテゼの常識のずれっぷりは嫌と言うほど知っている。なにか、根本的なところから違っていて、当たり前が通用しないのだ。

私が当然に知っていることをハネシテゼは知らないし、私が全く聞いたこともないことをハネシテゼは当たり前と言う。

そんなことを学院内で何度繰り返したか分からない。

「ではまず、白狐、いや黄豹について聞こう。あれとどんな関係を持っている?」

「どんな、と申されましても……。友達とお答えしたのでよろしいでしょうか。夏場は一緒に狩りや水浴びをよくしますし、魔法の練習をすることもあります。」

それはとても楽しそうだ。私も是非ご一緒したい。だが、それを言うとまた父に叱られてしまいそうなので、ぐっとこらえておく。

「他の者もあの化物と交流があるのか? 」

「ハネシテゼ以外に黄豹と関わっている者がいるとは聞きません。以前調べてみたのですが、家畜や人が襲われたという記録も見当たらないのです。」

黄豹がどんなに恐ろしい獣なのかハネシテゼに説明するために過去の被害記録を探したが、出てくるのは目撃情報や兵士や騎士の損害ばかりで、一般の被害がどの資料にも記録されていなかったという。

「実質的な被害が無いのに、言い伝えだけで退治しようとして損害を出すなど莫迦げているでしょう。実際のところは、此方から何もしなければ、彼方も何もしてきません。」

デォフナハ男爵が説明すればするほど、父の表情は険しくなっていく。以前に私と話した時に言っていたが、これまでに黄豹との戦いで失ったものが多すぎるのだ。

「我々が無駄に犠牲を出してきたと、彼らの命が何の役にも立っていなかったと、それを私に認めろというのか。」

「そう易々とはできぬと思うから、何度も申し上げたのです。閣下は私の話を信じないし、受け容れないと。」

「それは収穫の話だ! 黄豹とは関係がない!」

父は声を荒らげ拳で机を叩く。そんな父の反応は分かり切ったことだと男爵は首を横に振り、その横でハネシテゼは小首を傾げて手のひらに魔力球を浮かべる。

「公爵さまは先ほど、これを魔獣の術と言いましたよね?」

「それがどうした?」

「実りを豊かにするには、これを畑に撒くのですよ。」

そういえば、ハネシテゼは魔力を畑に撒くと言っていた。その時は全く意識していなかったが、魔力を撒くならば、父の言う『魔獣の術』を使うことになる。

「デォフナハではそんなことをしているのか?」

しばらく固まっていた父が、掠れた声を絞り出す。

「はい、私が領内を回っています。魔力を撒いていると魔物も寄ってくるので、それを退治するのも私のお仕事なのですよ。」

ハネシテゼは自慢げに言うが、本当に誇りに思っていて自慢なのだろう。私は父や母から任されているような仕事はない。たまにちょっとした手伝いをするくらいだ。

私が仕事をさせてくれと言ったって、勉強や魔法の練習をしろと叱られるに決まっている。それを今まで不満に思ったことはなかったし、学院に入学する前の子どもなんて、みんなそんなものだと思う。

「エーギノミーアではティアリッテ様が回られるのですか?」

ハネシテゼの質問に、私の胸はドキリとする。今「やりたい」と言って良いのだろうか?

大きな仕事を任されるのは、とても誇らしいことなのだと思う。ハネシテゼを見ていると羨ましいと思う。だが、上手くやれる自信は無いし、失敗したらと考えると身が竦むようだ。

「其方はどう思う、デォフナハの娘よ。ティアリッテに務まると思うか?」

「領内の畑全てに魔力を満たすことを考えれば、現在のティアリッテ様の魔力では少なすぎます。魔物の退治も必要ですし、今年は一部の畑の収穫を増やす程度でしょうか。」

「私でも役に立てるのですか?」

「エーギノミーアの畑の状況も分かりませんし、やってみなければ分かりません。でもフィエルナズサ様もいらっしゃいますし、二人で頑張れば、直轄の畑の収穫は増やせるのではないでしょうか。」

ハネシテゼは城壁内の小さな畑から始め、そこで思いがけない結果が出たから領内全域に広げただけで、もともとは仕事ではなく、遊びの範疇だったのだという。

畑に魔力を撒くのが遊びと言われても理解できないのだが、ハネシテゼの普通については考えるだけ無駄だ。

「お父様、私にやらせてくださいませ。」

「検討はする。だが、今すぐには決められぬ。私だけで決めてしまうこともできぬ。」

「では、一生懸命に訓練しなくてはなりませんね。」

本当に、ハネシテゼの考え方が分からない。何故、決まらないならば訓練を頑張るのだろう?

「役目を担うために努力していることはお見せするべきです。それに、決まった時に力が足りないなんてことになったら、かなり恥ずかしいですよ?」

なるほど。そう言われれば納得する。魔力が多くて困ることはない。春までにどこまで伸ばせるかは分からないが、できる限りのことをしたいと思う。

「もし畑への魔力撒きを実施するなら、直属の騎士を選んでおいた方が良いですよ。城内ならばともかく、町の外で魔力を撒くと魔獣が寄ってきます。退治できるだけの戦力は整えておかなければ危険です。」

ハネシテゼの助言に、何故か父は大きく息を吐いて項垂れる。

「包み隠さず話せというのは、そういうのだ。本当に、どのような知識を持っているのやら……」

細かなことを言うならば、ハネシテゼしか知らないことは山ほど出てくるのではないかと思う。その上で、歴史や算術などにも優れているのだから困ったものである。

今期はハネシテゼの学年首位は揺るがないだろう。今から頑張って、ハネシテゼのレベルに手が届くとは思えない。

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