017 新年の学院
「違うぞ、ティアリッテ。着目すべきところはそこではない。まさか、ティアリッテは、誰かが山の獣に炎雷の魔法を指導した、などと思ってはいるまい?」
「そんなことをする人がいるとは思えません。」
「ならば、獣はどうやって炎雷の魔法を使えるようになったのだ? いくらデォフナハの娘が優秀でも、誰も使ってもいない魔法を真似ることはできまい?」
「見様見真似で覚えた……」
つまり、ハネシテゼは見様見真似で魔法を覚えるということ自体を獣から学んだと考えるのが自然だと父も兄も口を揃えて言う。
だが、それの何が問題なのだろう? 私にもちゃんと分かるように説明してほしい。
「二つだ。一つは、王族の奥義が想定外の漏洩をしたこと。獣どもが当たり前のように使っているならば、王の優位性は一つ失われたことになる。」
過去に王族と戦い山へ逃げた獣がいるのならば、獣たちが王族の魔法を真似ることができるようになっていても不思議ではない。それが巡り巡ってハネシテゼに伝わり、私も真似て使ってみせた。
王族のみに伝わる。
これを維持すること、維持できることが王権の証にもなるということだ。もちろん、炎雷の魔法だけで王の証となるわけではないが、それが一つ失われれば、権力が揺らぐのは必然だと父は語気を強くする。
「もう一つはデォフナハと獣、恐らくは黄豹との関係性だ。炎雷の魔法を見て生きて逃げ延びれる獣はそう多くはない。そもそも王族が出てくるのだ、そこらの兵士が相手にする魔物ではあるまい。黄豹や白狐といった英雄譚にその名が出てくるような獣を従えているのならば、それだけで国王に対抗できる戦力を持っていることになる。」
「デォフナハ男爵が反乱を……」
「それはない。幼いころからアレを知っている私はそう確信できるが、国王陛下や王子殿下たちはそうではないだろうな。」
難しい顔で黙り込む父や兄たちに、私はどうすることもできない。やっとのことで「私にできることはございますか?」と聞いてみたが、静かに首を横に振るだけだった。
「さらに悪いことに、あのデォフナハだということだ。国全体が不作続きだというに、何故あそこだけが豊作なのか。」
長兄は、あらゆる問題の中心に常にデォフナハがいるのだと忌々しげに唇を噛む。
黄豹という強大な戦力を味方に付け、王族しか使えないはずの魔法を身に付け、他のどこよりも高い収穫を得る方法も手にしている。
そうやって並べられると、王政の転覆を狙っているようにしか聞こえない。
「もう、あの娘を王族の養子にして、次期王にでも祭り上げてしまった方が良いのではありませんか?」
「王太子が納得するとは思えんが、それが一番平和的な方法であろうな。」
突如、母がとんでもないことを言い出し、父や兄もそれに賛同してしまうではないか。何をどうしたらハネシテゼが王になるのか分からないまま、私は呆然とするしかできなかった。
「ティアリッテにはまだ分からないかも知れないが、既に国が割れかねない事態なんだ。ハネシテゼ・デォフナハを担ぐ者はすぐに出てくるぞ。」
「全ての鍵を握っているのはあの娘だ。そして、そのすぐ近くにいるのがティアリッテとフィエルナズサだ。其方らも無関係ではいられぬぞ。」
これから派閥争いが激しくなることが予想される。デォフナハ男爵は領地がすぐ隣ということもあり、エーギノミーアと同じ派閥であり、事が起きれば巻き込まれるのは確実だろう。
「すぐに対立的な立場を取るのは知れている。現国王と王太子の派閥だ。逆に第二王子は取り込みに来るだろう。その時に邪魔になるのが其方らだ。」
「貴女たちを利用して利益を得られるのは私たちだけです。同じ派閥であっても、其方らの存在は目障りと思う方は少なくないでしょうね。」
ハネシテゼの最も近くにいて、既に恩恵を受けていると言われたら否定はできない。魔法の見方や魔力の扱いについてなど、結構色々と教わっている。
「真っ先に、最も多くの恩恵を受けるのは貴女なのですよ、ティアリッテ。」
「……そんなことはないと思いますよ?」
別に私だけが特別にハネシテゼと仲が良いわけではない。ジョノミディスやフィエル、ザクスネロも同じように教わっている。
「事実など、どうでも良いのだ。」
父の言葉は、あまりにも理不尽だ。
何も知らない人からはそう見える。たったそれだけで、私がやっかみを受ける対象になってしまうらしい。
気を付けるべきことなどを滔々と伝えられ、その日の話は終わった。正直なところ、頭の中が全然ついていけてない。
一つだけはっきりしているのは、今後、ハネシテゼに敬称をつけても、上に置いても叱られることが無いということだ。
年始の祝賀が終わり学院に戻ると、周囲の雰囲気は一変していた。距離をおく者、馴れ馴れしく近づいてくる者、各人各様である。
ジョノミディスやザクスネロも、どこか態度がぎこちない。
「どうにもやりづらいな、この雰囲気は。あからさまに態度を変えるのは悪手だろうに……」
午前の講義が終わり、珍しくジョノミディスが愚痴を口にする。だが、どういう方向性であれ、親に何も言われていない子はいないだろう。
「ハネシテゼ様がビシッと宣言すれば、改善したりしないでしょうか?」
「悪化しかしないと思う。」
「わたしからは何もするな、大人しくしていろと、それはもう強く言われているのです。」
ハネシテゼが小さくなるほどとは、余程の釘を刺されたのだろう。
「僕がハネシテゼ様に求婚すれば何か変わるだろうか?」
「あら、ジョノミディス様は国王の座を狙っているのですか?」
「ティアリッテそれは……!」
私の失言に周囲の者たちが完全に凍り付いている。まずい。これは非常に良くない。
「ジョノミディス様が求婚すべき相手はティアだと思う。」
あわあわとしていると、空気を読まないフィエルがさらにとんでもないことを言い出した。話題を逸らすには良いのかもしれないけれど、幾らなんでも突飛すぎるだろう。
「ティアリッテか……。どうしてそう思うんだい?」
「ジョノミディス様とハネシテゼ様が婚約でもしたら、情勢がどこに向かうか見当もつかない。だが、ティアとならば、算段を立てやすい。」
エーギノミーア家は、第二位であるファーマリンキ公爵を中心とした派閥で、ジョノミディスのブェレンザッハ公爵とは対立的な立場にある。
この二つの派閥が足並み揃えて同じ方を向くのか、睨み合い向かい合うのかで世の中の動きは全く変わってくる。
だからこそ、融和を図るという名目でジョノミディスとの結婚は、私は視野に入れていた。だが、それをフィエルが持ち出してくるのは完全に予想外である。
だが、そこから先は口に出して言うことはない。私のように、ぽろっと漏らしてしまうと大問題に発展しかねない。
「もう結婚の話だなんて、公爵家というのも大変なのですね。」
ハネシテゼがすっ呆けたことを言いだした。原因は一体何だと思っているのだろう?
「君もこちらの仲間入りだぞ。何しろ、僕たちの上にいるのだからね。」
「な……! わ、私にはまだ二年ほど猶予があるはずですわ! いくらなんでも、私には早すぎます!」
確かに六歳で婚約だなんて、王族でしか聞いたことがない。だが、本当に分かっているのだろうか?
かなり近い将来、ハネシテゼは王族になってしまう可能性があることを。