015 勝負の行方
「最後は私ですね。」
ハネシテゼはやはり腕の一振りで、水の玉をジョノミディスと全く同じようにコントロールしてみせる。
軌跡も威力もそっくりそのままに命中した水の玉に、大きな歓声が上がる。
ハネシテゼの技を初めて見たら誰でも驚くと思う。ミャオジーク先生だって、いつもいつも飽きもせずに驚いているのだ。
次に私の出す課題は爆炎魔法だ。ただし、周囲に被害が及ばないように旋風で包み込んで炎を上へと逃がす。
「また、厄介な魔法を使うな。」
「先ほどのお返しです。」
苦笑いで前に進み出てきたジョノミディスに笑顔で返す。ジョノミディスの爆炎魔法は威力を度外視してコントロールに重点を置いてきた。私と同じやり方だが、評価はどちらが上になるのだろうか。
続いて三年生筆頭が「この程度なら造作もない」とやたらと巨大な爆炎魔法を放つが、第二王子はもはや呆れ顔だ。だが、公平な勝負ということなのだろう。途中で一人だけに声をかけることもない。
「では、私の番ですね。」
何事もなく私と同じように爆炎を放つと、服の右袖を捲り上げる。わざわざ腕輪を見えるようにしたのは、私たちが真似できるように、わざわざ手本を見せてくれるということだ。
つまり、これから使う魔法は私たちが教わっていない、使ったことのない魔法なのだろう。
右手にゆっくり丁寧に魔力を集中して、的に向けて振り下ろす。
弾けるような電光を伴った炎がまっすぐ奔り、的に命中すると炎雷が周囲を焼き焦がす。
「……ッ、ハネシテゼ! どこでその魔法を覚えた! デォフナハ、これはどういうことだ!」
「どういうことと申されましても、一体何についての叱責でございますか?」
第二王子は突如振り向き、デォフナハ男爵へと詰め寄る。だが、男爵は困ったように首を傾げるだけだ。
「山で魔獣退治しているときに覚えましたが、それがどうかされましたか?」
「とぼけるのも程々にしたまえ。それは王族にのみ伝えられている魔法だ。言え、誰に教わったのだ?」
「山の獣が使っているのを見て覚えましたけれども。見た目は似ていても、王族のみに伝わる魔法とは違うのではないですか? ティアリッテ、ジョノミディス、やってみてください。」
ハネシテゼの言葉に、周囲の視線が一斉にこちらを向く。
「やってはみますが、できるとは限りませんよ?」
「一度見ただけでできるならば、王族のみに伝わるなんて大袈裟な話です。きっと違う魔法ですよ。」
ハネシテゼはあくまでも違う魔法だと軽く言う。
「やってみよう。」
前に出てジョノミディスは右腕を高く伸ばす。
そして、ゆっくりと魔力を集中して、一気に的へと撃ち出す。
見た目はハネシテゼの炎雷と同じだが、はるかに小さいものだった。
続いて私も試してみるが、ジョノミディスとそう変わりはしない。見た目は取り繕えても、威力はハネシテゼの半分もないだろう。
「な、何故其方たちはその魔法を使えるのだ……」
掠れた声で第二王子が私たちを睨むが、見本の通りに魔法を使うのは学院の訓練でも同じではないか。
「先輩もどうぞ。」
ハネシテゼがそう促すが、三年生筆頭は渋い顔で私たちを睨んだまま動かない。
「卑怯だぞ、其方たち。」
絞り出すような声で言ってくる。
「炎雷の魔法なんて教わっていない。使えるわけがないであろう!」
そんなことを言われても、私たちだって習っていない。見たのも先刻ハネシテゼが使ったのが初めてだ。
「習っていなくても、ハネシテゼ様が見本を見せてくれたのだから、真似をすれば良いだけであろう? 全くできないこともあるまい。」
「うむ。ハネシテゼ様と同じにせよと言われても無理だが、ジョノミディス様やティアリッテ様と同じ程度なら何とかなるのではありませんか? 私にでもそれくらいならばできる自信がありますよ。」
今まで大人たちと一緒に見ていたフィエルとザクスネロが一歩前に出て意見を述べる。
それに対して、第二王子は「やってみろ」と手招きをした。
二人揃って放った魔法は、やはり見た目は何とかそれなりに見えるが、やはり威力も精度もなっていない。まあ、私が言えたことでもないのだが。
その結果に、第二王子は怒りの色はもはや無い。動揺し、混乱しているようにしか見えない。
「何故だ……? 本当に違う魔法なのか……? いや、そうじゃない。ブェレンザッハ公にエーギノミーア公、そなたら一体どういうつもりだ? ……モレミア卿はどこだ!」
「落ち着いてください、ストリニウス殿下。私が教えているならば、我が息子はデォフナハに劣らない魔法を放っているだろう。あんな情けない魔法しか使えていないことが、漏らしていない証であろう。」
公爵家は王族と血縁関係にある。王族のみに伝わると言っても、口外してはならないというだけで元王族ならば知っているだろう。
だが、ジョノミディスとしては自分の魔法を『情けない』と評されたことにショックを受けているようだ。
王族に言い繕うにも、もう少し気を遣っても良いのではないだろうか。
「だが、教わりもせずに、一度見ただけで魔法を使えるようになどならぬ。」
「え? そんなことないでしょう? わたしはきちんと、一度見れば真似できるように、見本をお見せしたのですから。」
どうしてハネシテゼにはそんなことができるのか不思議でならない。どのような訓練をしているのか知りたいものだ。
「一度見ただけで真似できるならば、誰も苦労などせぬ。」
「しかし殿下、それを言うならば、最初の火柱の魔法は三年生で教わる魔法のはずだ。それをジョノミディスは何の問題もなく使ってみせた。」
「見本の見方を教えないから、見ただけでは使えないのです。ジョノミディス様やティアリッテ様たちにはお教えしましたから、見本を見せれば使えますよ。」
ハネシテゼの言葉に大人たちの表情が凍りついた。
「見本の見方……? それを教えたから一度見ただけで魔法を使える……?」
眼窩から目玉が落ちてしまうのではないか、というくらいに目を見開き、第二王子が呟くように言う。
私やジョノミディスの親も驚愕の表情でハネシテゼを見ているが、デォフナハ男爵だけは疲れたように溜息を吐く。
「ハネシテゼは私が教える前から魔法を勝手に覚えて使っているのです。見ただけで使うなんてのは、もはや驚くことでもありません。ごく普通の当たり前のことなのです。」
私も、教わる前ならばそんな莫迦なと思ったことだろう。だが、一度分かってしまえば、見た魔法を真似するのはそう難しくない。
ただし、それはすぐに使いこなせるという意味ではない。きちんとコントロールできるようになるには、やはり練習する必要がある。
大人たちはありえないと首を振るが、私やジョノミディスは身をもって知っている。
「何にせよ。」
第二王子は言葉を何とか絞り出す。
「ブェレンザッハやエーギノミーアが特別に劣っているのではないことだけは確かなようだ。炎雷の魔法でなくても、三年生と同等以上に扱っているのだ。間違いないだろう。」
「お待ちください、殿下。私と同等以上とはどういうことですか? 明らかに私の魔法の方が威力が上ではありませんか。」
第二王子の言葉に、三年生筆頭は抗議を唱える。
「いつから威力の勝負になったのだ? デォフナハは課題を出しあうと言っていたはずだ。其方の課題はみな見事にこなしていただろう。逆に、其方は課題への対応が雑すぎる。それで三年生筆頭とは頭が痛いわ。」
第二王子のその言葉に三年生筆頭は愕然とするばかりだ。