010 両親来訪

「ハネシテゼ、ティアリッテ。二人は残ってください。」

ヘトヘトになって学院にようやく到着し、解散となる。

やっとゆっくり食事を、と思ったところで先生に呼び止められてしまった。

振り向き見ると、何やら先生はご立腹の様子でございます。

「あ、あの、何かございまして?」

取り繕った笑顔で聞いてみるが、我ながら白々しいと思う。

「分かっているだろう? なぜ白狐に近づいた?」

なぜって、あんなに可愛らしいもふもふなのだ。仲良くしたいに決まっているではないか。

「わたしたちの力では、彼らと敵対しても勝ち目がありません。無駄に犠牲を出すより、友好を深め誼を結んだほうが良いでしょう?」

ハネシテゼにはそんな考えがあったのか。いや、私もそれくらいの言い訳はできるようにならなければ……

「私も、強い者とは仲良くなったほうがいいと思います。」

とりあえず、自分勝手な行動ではないと取り繕う。まちがっても、もふもふしたかっただけなどと気づかれるわけにはいかない。

「白狐は危険な魔獣です。お二人が友好に接していても、向こうはそうしてくるとは限りません。」

私たちの言い分をピシャリと否定し、お説教が続く。

ミャオジーク先生の話によると、白狐はこれまでにも人や家畜を襲い、畑を荒らしてきた魔獣であり、以前から兵を挙げて退治したり山へと追い返したりしているのだそうだ。

私たちが仲良くすることで、白狐が今後も人里に姿を見せるようになったら、被害がどれだけ増えるのかも分からない。

何より、魔獣と人は分かりあうことはできない。必ず牙を剥かれることになるのだと先生は力説する。

「先生、あれは魔獣ではありませんよ?」

私が、考えが至らなかったと反省している横で、ハネシテゼは根本的なところから反論する。

「魔獣や魔物とは、土地の精を食み汚し蝕むもの。あのネズミたちのような生き物です。あの白狐はそのような汚らわしいものとは違います。」

ハネシテゼは、そうキッパリと断言する。

魔獣とはどういう存在なのかは私も聞いて知っている。魔獣の特徴としてツノが生えているというのは有名な話で、あの白狐にはツノなど見当たらなかった。

「仮に魔獣ではなくても、危険な猛獣です。今までもどれだけの兵たちを犠牲にしていると思っているのですか。これ以上被害が増えるようなことは慎んでくださいと申し上げているのです。」

「白狐が本当に危険な猛獣ならば、私たちは全員、すでに死んでいます。子どもの方ならばいざ知らず、親の方は何をどう逆立ちしても勝ち目がありません。もし、敵対的に行動すれば、逃げることすらできずに全員が殺されてしまうでしょう」

ハネシテゼの言い分は、敵対するから攻撃してくるのであって、友好的に接すれば人に害を為す生き物ではないということだ。

私にはどちらの言い分が正しいのか分からないが、できることなら、あのもふもふとは仲良くしたい。

「とにかく、白狐の退治が終わるまでは、外出することはありません。」

「あの獣は土地の守り手です。退治などと莫迦なことをしてはなりません。」

ハネシテゼはミャオジーク先生を相手に一歩も引かない。

「どれだけの被害が出ていると」

「存じません。守り手を大切にしないから被害が出るのです。守り手がいなくなれば、魔獣が殖えて土地がダメになるだけです。」

「そんな話は聞いたことがありません。」

「そうなのですか? そうすることでデォフナハでは被害はなくなりましたし、収穫は増える一方なのですが。」

ハネシテゼの発言は衝撃的だった。

ここ数年、国全体が不作に悩まされている。その中で、デォフナハ領を中心に豊作が続いていることは有名な話だ。

今のハネシテゼの話が本当ならば、白狐の退治なんてとんでもない話だ。

「ミャオジーク先生、白狐の退治に関しては、私たちは元より、先生にも決定権が無いのではございませんか? 報告は当然必要なことだとは思いますが、どう扱うかはデォフナハ男爵にも話を聞いて決めるべきかと存じます。」

差し出がましいとは思うが、ミャオジーク先生がハネシテゼの言葉を信用できないならば、デォフナハ男爵を出すしかない。

私にも発言権はないし、お父様がすぐに私に賛同してくれるとも思えない。

「報告は、致します。ティアリッテの言う通り、その結果、どのような判断がなされるかは保証できないですし、その後、あなたたちが騒いだところで覆ることはありません。」

それだけ言うと、ミャオジーク先生は踵を返して退場していった。

三日後、夕食後に父が急に面会にとやってきた。

学院の寮に親がやってくるのはとても珍しい。親から離れた生活を経験して自立心を養うのが寮の目的の一つだ。

私に限らず、王都に館を構えていない公爵などいない。そこから毎日学院に通おうと思えばできなくはない。だが、生徒は全員寮生活をするのが定めなのだ。そんな中で、親が面会に来るというのは一大事だ。とんでもないことをしでかしたか、実家で大変なことが起きたか。どちらにしても、いい話であることはない。

緊張しながらお茶室へと向かうと、父と母まで揃ってやってきていた。

「お父様、お母様、お久しぶりです。」

内心の不安を押し隠しながら笑顔で挨拶をすると、両親とも笑顔で挨拶を返してくれる。だが、その笑顔の裏に何があるのか全くわからない。

「とにかく、お座りなさい。そんなところに立っていては話もできません。」

母の声は優しいが、有無を言わせない力強さがある。黙って座ると、父が話を切り出してきた。

「魔獣退治の話で、先生に食ってかかったそうだな。」

父は無表情で言う。そんな話まで既に父に伝わっているのか。

「白狐がこの付近に出たと聞いた。あれは危険な魔獣だ。山奥にいるならともかく、お前たちのような子どもが狩の練習に行くようなところに出没するのならば退治せねばならん。」

私が黙って聞いていると、父はさらに続ける。

白狐はエーギノミーアにはいないが、同等の魔獣として黄豹が存在する。

黄豹退治の英雄譚は有名なものがいくつかあり、そのどれも、多大な犠牲を齎した巨大な魔獣を退治するというものだ。

英雄譚は多少大げさにいっている部分はあるだろうが、父の兄や弟たちにも魔獣退治の際に命を落とした者もいるのだと言う。そして、それは恐らく、というよりも間違いなく白狐でも同じで、王族の騎士団たちが文字通り命がけで退治しているらしい。

「デォフナハにはそのような魔獣はいないのでしょうか?」

「いや、あの辺りも昔から黄豹がいるはずだ。あれの駆除をやめるとは正気の沙汰とは思えぬ。」

「ですが、ハネシテゼ様は殺してはいけないと……」

言いかけて言葉に詰まる。両親の突き刺すような視線が、私が口を動かすことを許さないのだ。

「ハネシテゼ、様、の言うことがそれほど重いのですか?」

思わず息を呑む。こんなにハッキリ怒っている母を見るのは初めてだ。

「奥様、ここには他の者はいないとは言え学園内。同級の者への呼称にそのように目くじらを立てずとも良いのではないですか?」

母の側仕え筆頭が助け舟を出してくれるが、母も父も納得しないように首を横に振る。

「そのような些少の問題ではない。男爵の娘の言葉を優先して、勇猛に戦ってきた我らの先祖の誇りを貶めることは罷りならん。」

魔獣を退治するなというのは、今まで魔獣退治のために命を散らせていった者たちの必死の努力も想いも命も、全て無駄な意味のないことだったと切り捨てることなどだと繰り返す。領主としてそんなことは絶対に受け入れるわけにはいかないし、それは他の領でも同じだという。

だけど、私の言いたいことはそんなことではないのだ。

「私にはあの動物が人を襲うなど信じられません。確かに威嚇はされましたが、私たちを傷つけようとはしなかったのですよ?」

「何を莫迦なことを。白狐は見境なしに殺戮を繰り返す凶暴な魔獣だ。それを、何をどうすれば、信じられないとか」

「お待ちなさい。」

父が話しているところに母が割って入ってきた。

「何だ?」

「あなた、今、何と……? 私たちを傷つけようとはしなかったとはどういうことですか?」

不機嫌そうに眉根に皺を寄せる父とは対照的に、母は困惑の表情を浮かべる。

「わ、私たちが出会った白狐はおそらく子どもだとは思うのですが、とてもおとなしく、私やハネシテゼに甘えてきたくらいです。親の方は確かに恐ろしい雰囲気を撒き散らしてはいましたが、それだけです。私たちに帰れと言っただけで森に戻って行きました。」

「私の聞き間違いか? 白狐に出会った、と聞こえたのだが?」

「先生は白狐だとおっしゃっていましたからそう思っていたのですが、あれが白狐なのではないのですか?」

父の言葉に、私は急に不安になった。

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