076 受け入れたくない技術
公爵家当主の話し合いがどのように進んだのかは知らされていないが、かなり迅速に行われたようだ。
二日後には王兄から呼び出しがあり、フィエルとともに王宮へと向かうことになった。
王兄および王妹とその子息たち、さらにファーマリンキ公爵家の当主および次期当主候補たちと、二十人にまとめて教えよというのだ。
会議室の大きなテーブルには、ずらりと高位の者たちが居並ぶ。その前に立つだけで気が遠くなりそうだが、今回は横にフィエルがいるし、父や母もいる。
先王や太后まで出てきた食事の席にたった一人で着かされたときとは違う。少々の失敗ならフォローしてくれる人がいるのだ。ゆっくりと深呼吸をすれば、落ち着きを取り戻せた。
「既にお話をしておりますが、魔力操作の技術について習得方法について示教致します。これは収穫の改善に必須の技能でありまして、今後、貴族の子弟には広がっていくことになります。」
「それは良いのだが、私たちが集められた理由が分かりません。私たちも畑に出るべきと仰るのではないでしょう?」
疑問を投げてきたのは王妹だ。それに対してデォフナハ男爵が前に出て説明する。
「大きく二つ理由がございます。一つは、この技術は白狐や黄豹といった獣が得意とするもので、これによって身内を亡くされた方も多いでしょう。憎しみの対象である技術のままでは広がりません。まず、上が受け入れる必要がございます。」
そして、国王や王子たちはそれを受け入れたのだ。その事実とともに、国王派には技術が広まっていくことが予想される。
「そうなれば、派閥の力関係が一気に変わってしまうでしょう。私以外は、二年もすれば、国王派に頭が上がらなくなることは容易に想像がつきます。」
ハネシテゼといい、デォフナハ男爵親子は、なぜ余計な一言をつけるのだろうか。王兄やファーマリンキ公爵がじろりと睨むが、デォフナハ男爵は全く気にせずに話を続ける。
「二つめとして、この技術は魔力を高め、より強力な魔法を使うための礎となるからです。力なき者が、力ある者の上に立ち続けるのは難しいでしょう?」
居並ぶ者たちの表情がさらに険しくなるが、こればかりは仕方がないだろう。どうしたって下の者たちが力をつけることになる。それでも立場を覆されないためには、それ以上の力を身につける必要がある。
「どんな技術か、実際に見た方が早いのではありませんか? 見たことがある方もいらっしゃるでしょう。」
少なくとも父は見たことがあるし、他にも黄豹や白狐の退治に行った経験がある者もいるだろう。言葉で説明するよりも、実際に魔力の塊を飛ばして見せた方が早いと思う。
そう思って提案すると、王兄は「やってみろ」と許可をくれた。
「このように魔力を集中して放出するのです。」
左の手のひらの上に、握りこぶしほどの大きさで魔力の塊を浮かべる。赤い光を放つそれに見覚えがある者は半数ほどのようだ。目を剥いて表情を硬くする様子を見ればすぐに分かる。
「魔獣の術そのものにしか見えぬ。」
「黄豹や白狐のつかう技と全く同じものですよ。似ているのではなく、全く同質のものです。」
苦々しく言うファーマリンキ次期当主に、ハネシテゼは平然と答える。それはつまり、これを人に当てれば殺せるということでもある。
「そんな技術を受け入れねばならぬというのか!」
「……これを操作する技術なのですから、覚えればこれを防ぐこともできるようになるのですけれど。魔物を誘き寄せる目的でも使えますし、魔法の効きづらい魔物を倒すのにも有効な手段です。夜、明かりが欲しいときにも便利なのですよ。」
父と全く同じ反応をするファーマリンキ次期当主だが、ハネシテゼにはその言い分が全く理解できないとばかりに利点を並べていく。
「下の者は、それを受け入れるという根拠は?」
「我が娘、ティアリッテや息子のフィエルナズサは既に受け入れている。一年も前から私も受け入れろと煩わしいくらいだ。」
父のその言い方は酷いのではないだろうか。不作への対応は喫緊の課題のはずだ。他に手段や施策があるならともかく、何も無いのだから拘りは一旦横に置いておくべきだと思う。
「ここにいる三人の他に、ジョノミディス・ブェレンザッハ、ザクスネロ・モレミアと、既に習得した者が学院に複数名いる。数年もあればここから広がっていくだろう。」
「五年生にも二人お教えしましたし、今後は教えてほしいと言ってくる者も増えるでしょうね。」
「いや、既に増えてきています。先日は現王派の者からも声を掛けられました。」
現在は、親に許可を得てからでないと教えられないと逃げているが、王族に教えていることが知られれば公爵家の上級生から逃げ続けるのは難しいだろう。いつ順番がくるのかと問われたら断ること自体が難しい。
年嵩の者ほど渋い顔をするが、それでも不承不承ながら魔獣の術の受け入れを認めることになった。
「魔力の操作にはいくつかの段階があります。まず最初に水に魔力を詰め、次はそこから魔力を回収します。その後、宙に魔力の塊を浮かべ、それを自在に飛ばすことができるようになるのが最終段階です。」
「自在に飛ばすだと?」
「魔力を操ることができるようになれば、このように自在に飛ばすこともできるようになります。」
フィエルが手のひらの上に浮かべた魔力を動かし、体の周りをくるくると飛ばしてみせる。体から離して操作することもできることを示すため、天井付近まで持ちあげ、そこで部屋を一周させる。
「それができる利点は何だ? 出し入れするだけでは足りぬのか?」
「雷光の魔法が使えるようになります。」
「雷光の魔法?」
「生物を相手にする上で最強の魔法です。たいていの相手は一撃で絶命させることができます。」
国王や王子たちにしたのと同じ説明を王兄たちにも繰り返す。そこで「実際に見せてくれ」と言われるのは想定どおりだ。
ぞろぞろと魔道訓練場へと移動して、ハネシテゼにフィエルと私の三人で雷光の魔法を使って見せることになった。
「その魔法を防ぐ方法はあるのか?」
苦々しげな表情でファーマリンキ公爵が質問をする。が、私はそんな方法は知らないし、フィエルも知っているとは思えない。返答はハネシテゼやデォフナハ男爵に任せるしかない。
「いまのところ防ぐ方法はありません。ですから、この魔法は私が信用できない方にはお教えしません。」
「魔獣の術は防げるのだな? それはどうやるのだ?」
そちらなら簡単だ。実際にやって見せることができる。
フィエルに魔力を投げてもらって、手で弾いてみせればどよめきが上がる
まさか、素手で叩けば済むとは思っていなかったのだろう。とは言っても、手には相応の魔力を集中しておかねばならない。魔力の放出と回収ができなければ、他人の魔力を弾き飛ばすことも難しいだろう。
その後、再び会議室へと戻り、全員が魔力の回収をできるようになったところで解散となった。
次に王宮に呼び出されたのは、その約一ヶ月後、第一王子たちが魔力を自在に飛ばすことができるようになってからだった。