075 方針会議

小さな魔力塊を手のひらの上に浮かべるところから始めて、それを自在に飛ばす訓練の仕方を教えると、その場は解散となった。私たちがついていてもあまり意味がない。

現在の国王や王子たちの魔力操作の力量からすると、今日中に雷光の魔法を習得できるほどには上達しないだろう。少なくとも数日かけて訓練を繰り返し、今日教えたことが完全にできるようにならないと、雷光の魔法の契機を掴むことすら難しい。

「少し良いか? デォフナハの。」

並んで廊下を歩きながら、父は会議室の並ぶ方を指して言う。まだ何か話をすることがあっただろうか? 二、三週間ほどは呼び出しが来るのを待つだけだと思うのだが。

「状況がかなり変わりましたからね。一度整理いたしましょうか。」

何のことを言っているのかよく分からないが、母にも通じているようで三人で頷き合って廊下を折れていく。そして、私とハネシテゼも当然のように連れていかれた。

「状況が変わったとはどういうことでしょう?」

「主たる王族が、みな使えるようになったのだ。魔力を投げる術は、もはや魔獣の術ではない。」

内心ではどう思っているのかは分からないが、父もこれからは「魔獣の術を使うな」とは言えなくなったということだ。

「騎士を多く輩出している家では良い顔をされないだろう。それでも表立って非難することができなくなったのは大きな変化だ。」

「つまり、多くの人に広めてしまって良いのですね?」

「そういうことになる。」

なるほど、それは大きな変化だ。ハネシテゼが質問して、やっと私にも状況が分かった。今までは「畑に魔力を撒く」ということの具体的な手法の説明は必死に誤魔化してきている。その情報の公開が解禁されたということだ。

「では、ハネシテゼ様もお茶会に出られるのですね。」

私がそう言うと、何故かハネシテゼは恨めし気な目で私の方を見る。

「お茶会は出ないといけないのでしょうか。」

貴方あなたも七歳になったのだから、呼ばれたら出席なさい。主催するのは八歳になってからで良いです。」

そこは『普通』に合わせるらしい。私も初めてお茶会に呼ばれていったのは七歳のときだし、主催するようになったのは八歳になってからだ。

ハネシテゼは悲しそうな顔で頭を振るが、そんなにお茶会とは嫌なものなのだろうか。私には理解できない。もっとも、ハネシテゼの考えが理解できないのは今に始まったことではないのだが。

「一つ訊きたいのだが、その技術についてはどう説明するのだ? 黄豹から教わったとはさすがに言うわけにいくまい。」

「魔力の制御は教わってませんよ?」

「ではどうやって覚えたのだ?」

「この子は勝手に覚えたのですよ。二歳の時に魔力を投げて遊ぶのを覚えてからは大変でしたから。」

家の中で魔力の塊を投げるのは危ないので、外でやらせたのが、畑へ魔力を撒くきっかけだったらしい。

「私が初めて黄豹に会ったのは三歳の秋頃だったはずです。それより前に、畑に魔力は撒いていましたよ。」

驚くべきことをハネシテゼは澄まし顔で言う。

だが、考えてみれば、当然のことだ。

初めて会った時に、挨拶を交わすことができたから、ハネシテゼは黄豹を危険な獣とは認識しなかったのだろう。挨拶もできないのに、黄豹が仲良くしてくれるとも思えない。

「まあ、分かった。それについては私がどうこう言うことでもないな。で、学院の方はどうする?」

「エーギノミーア公から根回しをしていただくのが一番良いのではないでしょうか? 主導権を向こうに握らせると、面倒なことになりかねませんから。」

「うむ。では、ハネシテゼ・ツァールとティアリッテには魔法の使い方についての講師をしてもらうことになる。面倒だと思うが、個別に指導の依頼がやってくるよりは良いだろう。」

畑への魔力の撒き方は、かなり頻繁に聞かれることだ。それを先生に任せてしまえるなら私もそうしてしまいたい。

「フィエルナズサやジョノミディス様は関わらなくていいのでしょうか?」

「ジョノミディス・ブェレンザッハか……。同じことができるのか?」

「技術的な面では問題ないと思います。畑に魔力をまくということはしたことがないそうですが。」

「ふむ。確かに第一公爵にも足並みを揃えて貰った方が楽なのだが、上手く乗ってくるかだな。」

こういうところで、派閥の壁というものが出てくるらしい。だが、今さらそんなことを気にする必要があるのだろうか?

「ブェレンザッハは現王派なのですよね? 陛下や第一王子殿下にお教えしたと言えば乗ってくるのではないでしょうか?」

そもそも、私たちエーギノミーアやデォフナハは王兄ターナー派なのだ。その私たちが国王や第一王子に関わっているのに、第一公爵ブェレンザッハが完全に蚊帳の外では、立場上、都合が悪いのではないだろうか。

「逆に王兄ミズルアーヴァ殿下が関わっていないのはこちらにとって都合が悪いことですよ、ティアリッテ。そこに敢えてこちらから触れる必要もないでしょうけれど。」

「先に王兄ミズルアーヴァ殿下とファーマリンキ公には先にお教えしなければな。ティアリッテ、済まぬが頼むぞ。」

「お父様、フィエルナズサにもやらせてください。私だけに偏ると不公平だとうるさいのです。」

姉弟の扱いによく分からぬ理由で差をつけられれば不服に思うのは当然だとは思う。逆の立場であれば、私は絶対に苦情を言うだろう。

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