073 王族と私と
水に魔力を詰め込むのは、一分もあればできるようになる。赤く輝く水に王子たちは眉を上げるが、魔力を回収する段階に入ると、ぐぐっと中央に向かって下りてくる。
「どのようにしてやればいいのだ?」
「最初は、右手の指先で水に触れ、左手を添えて引き上げるようにするとやりやすいです。」
右手の人差し指に左手の指先を当て、それを撫でるようにゆっくり手首の辺りまで移動させる。そのときに魔力を引っ張るよう意識すると感覚を掴みやすい。
一度できてしまえば、左手を添えずともできるようになるのだが、最初の一回目のコツを掴むまでは何度もやってみるしかない。
「なかなか難しいな。これは何の役に立つのだ?」
「この程度の魔力操作ができなければ、雷光の魔法は使えません。」
雷光の魔法での魔力操作は、放出と回収を同時に行う。魔力の回収ができなければ、雷光の魔法にはならない。
そして、王子たちには説明しないが、黄豹や白狐などと挨拶をする際にも必須の技術だ。互いに魔力の塊を投げ合った後は、自分の魔力は回収するのだ。
「む、こうか?」
第二王子が声を上げ、見てみるとカップの水の光が消えている。再び魔力を注ぎ、また回収すると赤く輝き、ただの水に戻る。
「出し入れができるようになったら、素早く魔力を出し入れする訓練です。」
私が水に触れると、一瞬で強い輝きを放ち、そしてまた一瞬でただの透明な水に戻る。第二王子が次の段階に進んで一分もせずに、第三王子も魔力の回収に成功した。
「私が最後か……。其方ら、少しは兄を立てることを覚えたらどうなのだ」
そんなことを言いつつも、程なくして第一王子も魔力の回収はできるようになった。
では本格的に次の段階に、というところで昼を告げる鐘が聞こえてきた。
「で、では私はこれで失礼させていただきます。」
「何を言う。貴方の食事は用意させてある。」
なんということだ。
下がろうとした私の手を第三王子に掴まれ、そのまま私は連行されるように食堂へとつれていかれた。かなり想定外のことだが、側仕えもおろおろとついてくるしかない。
案内、というか連れてこられた部屋には大きなテーブルが一つ。すでに何人かが席に着いていた。
一番手前側に第四王子がいるのは良い。それはまだ良い。だが、最上座には国王、その隣には王妃が座っているのを見た瞬間、私は卒倒してしまいたい気分に襲われた。
国王の前に座っている老夫婦は先王に太后だろうか。
挨拶の言葉を述べねば。いや、その前に跪かなければ。
「落ち着け、ティアリッテ。跪かずとも良い。そして、挨拶の言葉は、食事の席を同じくできることを嬉しく思います、で良い。」
第三王子に言われるまま挨拶の言葉を述べるが、何か声が上擦ってしまっているし、もはや自分でも止められない。
何が何だか分からぬうちに料理が運ばれてきて、勧められるままそれを口へと運ぶ。正直言って、味なんて全く分からない。何故、私がこんなところで食事をしているのかも分からない。
ただひたすらに、失言しないようにと頭の中がぐるぐるしていて、気が付いたら第三王子に手を引かれて王宮の廊下を歩いていた。
丁字に交る廊下を右に折れたところで、すぐ後ろから声を掛けられた。
「ティアリッテ……、王子殿下。一体何が?」
「ああ、エーギノミーア公か。ちょうど良いところに来た。ティアリッテ嬢には魔法の指導をしてもらいたくてな。」
まるで王子に連行されるように引かれていた手が開放され、私の身柄は父と母に引き渡される。それでも王子たちの後ろをついていくことに変わりはないのだが。
午後からは魔道訓練場で、雷光の魔法を実演含めて指導するはずだが、とりあえず会議室でハネシテゼとデォフナハ男爵の到着を待つらしい。
ぞろぞろと列の後ろについて歩いていき、大きめの部屋の前で立ち止まり、そこで跪く。
父と母は国王もここにいることに気付いたようで、一瞬、体を固くし頭を下げる。
「ミッドノーマン・デュハリオ、第三王子殿下のお呼に従い、参上いたしました。まさか、陛下までいらっしゃるとは思いませんでした。」
「堅い挨拶は良い。入ってくれ。」
まず父が挨拶の言葉を述べ、次に母という順だ。だが、国王の方から遮られて入室するよう促される。
このように王族側から手順を省略された場合にどう振る舞えば良いのかまで習っていない。とにかく父や母に倣ってついていくだけだ。
室内に入り、一礼だけして国王たちの居並ぶテーブルの対面する席へと向かう。
「それだと具合が悪いな。済まないがエーギノミーア公、ティアリッテはそちらの端にしてもらえるか?」
座ろうとしたところで、第一王子から席順について注文が入った。
公式な場での席順については教わっている。当主である父を一番に、次が母だ。しつこいほど何度も言われたことなのだが、それを崩されれば私も父も困惑しかない。
通常ではありえない並び順のはずだが、第一王子からの指示なのでは仕方がない。
「午前中のことを、父にも教えてくれぬか?」
私たちが席に着くと、第一王子が口を開いた。すでに国王や王妃の前には二つのカップが並んでいる。
国王にまで教えることになるのは想定外も甚だしいが、ここまできたら開き直るしかない。三人の王子に教えたことで今更「魔物の術だ」と責められることもあるまい。
「このように魔力を操作できるようになることが、ハネシテゼ様の魔法の基本でございます。」
そういえば、王子たちには見せていなかったことを思いだし、手を伸ばして、魔力の玉を出したり回収したりしてみせる。
父がぎょっとした反応をするのは想像がついていたが、やはりと言うべきか、国王も同じように目を見張り、眉間に皺を寄せる。
「魔獣の術、と認識されていることは存じていますが、これは人でもできることです。これそのものができる必要はございませんが、この程度の魔力操作ができなければ、これからお教えする魔法は使えません。」
私が説明すると、国王は静かに目を閉じた。そして大きく息を吐きだす。
「続けてくれ。」
国王の言葉に、私は午前中に王子たちに教えたように、魔力を水へ詰め込んで、それを回収するやり方を教えると、国王夫妻は魔力を詰め込むのは一回で成功させてみせた。
「魔力を詰め込むというのは、守りの石に魔力を満たすのと然程変わらぬな。」
「そのようですね。」
そういうものなのか。
父と母の前にも水のカップが並べられ試してみると、やはり一回目で成功させる。
領主や国王の仕事は、私の知らないことも多い。意外と魔力の操作を覚えるのは早いのかもしれない。だが、それでも魔力の回収は簡単ではないようだった。
「魔力の回収、という感覚が分かりづらいですね。」
「一度できてしまえば簡単なのですが、口で説明するのは難しいです。」
王子たちもやって見せることはできても、どうすれば上手くいくのかを言葉にすることはできていない。
国王と王妃がちょんちょんと水面を指で突いていると、ドアがノックされデォフナハ男爵が到着した旨が告げられた。
「通せ。」
国王の指示で扉が開けられると、デォフナハ男爵とハネシテゼが跪いていた。
「挨拶は不要だ、デォフナハ。」
デォフナハ男爵が挨拶を述べ始める前に第一王子が声を掛け、二人は立ち上がり入室する。
「適当に座ってくれ。すぐに移動する。」
とは言ったものの、魔力の回収は頑張って挑戦するつもりらしい。国王と王妃は並んで難しい顔をして水面を突いている。
「魔力の回収でございますか。それなら、指先から息を吸うつもりでやれば簡単です。」
デォフナハ男爵から思わぬアドバイスが出た。そんなのが出てくるなら、初めからデォフナハ男爵に頼んでいれば良かったのにと思わざるを得ない。
国王が大きく息を吐いて、吸ってを三度繰り返すとカップの光はスッと消えていく。王妃も同じようにやってみると、すぐに上手くいった。
「なるほど、こういうことか。」
「できてしまえば、なんということもありませんね。」
一度感覚を掴んでしまえば、魔力の出し入れは何の問題もなくできるようだ。カップの水を赤く光らせたり消したりを繰り返す。
「次は操作する魔力量を調整する訓練でございます。」
「どのようにするのだ?」
「このように水を持ちあげて、支えていられる限界まで魔力を抜いていくという訓練です。」
魔力を詰め込んだ水は、そのまま指先につけたまま持ちあげることができる。その状態を維持するのは何も難しくないが、魔力を回収していけば水は下へと零れ落ちていく。
そのギリギリを見極め、細かく魔力を操作する訓練なのだが、かなり難しい。
「なるほど。その訓練は後ほどやろう。気を付けることはあるか?」
「水がはねますので、訓練する場所や服装は選んだ方が良いです。」
「部屋が暗い方が目で見て分かりやすいのですが、それに頼らず魔力を感じ取るようにした方が上達しやすいかと思います。」
ハネシテゼが付け加えて答える。だが、そんな注意は私は受けたことがない。不思議に思って質問してみると、私がやった訓練と順番が違うからだと言う。
「ティアリッテは魔力を自在に飛ばす訓練を先にやったではありませんか。あれは魔力の感知と操作の訓練です。雷光の魔法を教えるのにあれは必要ありませんけれどね。」
ハネシテゼは私が忘れていたのではない、とフォローまで入れてくれるが、王子たちはそこには興味が無さそうだ。「魔法の実演を見せてくれ」と席を立った。