071 食べ過ぎ注意
「そういえば、わたくし、恐ろしい食べ物を作りだしてしまったのです。」
ハネシテゼはテーブルの片隅にある皿を指して言う。小指の先ほどの大きさの薄黄色の料理が山となっている。見た目は豆のようでもあるが、ただの豆ではないのだろう。
特にソースなどもなさそうだが、一体、どのように食べるのだろうか?
「これのどこが恐ろしいのですか?」
「一度口にすると、止まらなくなってしまうのです。」
またハネシテゼがわけの分からないことを言いだした。それほど美味しいと言うことなのだろうか?
モベアリエラと顔を見合わせ、そして皿に取ってもらうことにした。スプーンで掬ってみるが、吹けば飛んでいってしまうような軽さだ。それを口へと運ぶ。
味は比較的淡白だ。材料は何を使っているのか分からないが、ほどよく塩気が効いていてその味をよく引き立てている。
食感はポリポリとしているが、嚙むとすぐに形を失ってしまう。
「これは……」
「美味しいですわね。」
美味しいとは思う。だが、恐ろしいというほどのものだろうか?
「これは何の味なのでしょうか? 私、このような味の物を食べたことがございません。」
経験したことがない味や食感に、モベアリエラは興味津々のようだ。ぱくぱくと食べながらハネシテゼに質問する。
「海で獲れるカニや貝を潰して、小麦粉と練りあわせたものですよ。」
「これは海産物なのですか!」
ファーマリンキ領は内陸にある。海産物は滅多に口にすることはないとモベアリエラは驚いた顔を見せる。
「そういえば、他にもいくつか海産物がありますね。」
エーギノミーアは海に面している。頻度はそれほど高くはないが、貝や海藻の入ったシチューやスープは食べることがある。魚は海で獲れるものと川で獲れるものががあるらしいが、あまり区別して考えたことはない。
「あの、お代わりでございますか?」
ふと、横手から側仕えに声を掛けられた。あまり意識していなかったのだが、皿は既に空になり、私の手によって側仕えの方に差し出されている。
止まらなくなってしまうとはこういうことか。
「け、結構です!」
「気が付いたら皿が空になってしまっているのですよね。」
慌てて手を引っ込める私にハネシテゼは笑って言うが、笑い事じゃない。なんという怖ろしい食べ物なのだろう。
あまり一か所に留まっているのも良くない。私たちは別のテーブルへと向かう。伯爵や子爵のテーブルにも行っておく必要がある。
少なくとも、同じ派閥のところは、どんな料理が出されていたのかくらい把握していないと、今後のお茶会で話題に上がった時に困ることになる。
マリネを食べ、ピラフを食べ、ロースト肉を食べ、最後はチーズケーキだ。
「もう、お腹いっぱいでございます。」
モベアリエラはお腹をさすりながら満足そうに言う。私も少々食べすぎたかもしれない。
少し休憩しようかと、テーブルの外側に並ぶ椅子席へと向かうと、そこにジョノミディスがいるのを見つけた。ただし、彼は一人ではないようなので、声を掛けるのは少々憚られる。
あまり大人たちの近くに行きたくはないし、良い席が空いていないかと探していると、ジョノミディスの方から話しかけられた。
「やあ、ティアリッテ。そちらもエスコートかい?」
言われて見てみるとジョノミディスの隣にはモベアリエラと同じくらいの子が座っていた。
「あら、ジョノミディス様もですか?」
「第七公爵家のところのメクディオノだ。まだ六歳なのだがな、どうしても参加したいということで僕が面倒を見ることになったんだ。メクディオノ、あちらは第六公爵家のティアリッテだ。」
「こちらは第二公爵家のモベアリエラですわ。あちらは第一公爵家のジョノミディス様でございます。」
紹介され、モベアリエラとメクディオノは互いに礼をする。
メクディオノは少しおどおどした感じで、自ら参加したいと言ったわけではなさそうな雰囲気だ。恐らく、親の見栄だか体面だかで引っ張り出されてきたのだろう。
ジョノミディスに勧められて、私たちも一緒のテーブルにつく。
第一公爵家と聞いてモベアリエラは身を固くしているが、そこまで緊張することもあるまい。むこうも六歳の子どもがいるのだ。
ジョノミディスが私に席を勧めた理由も想像がつく。
つまり、年上の子や大人たちに来てほしくないのだ。いつ、どんな失礼を働いてしまうか分からない子どもを、あまり他の人の前に出したくはない。少々の失礼は互いに目をつぶろうと言うことなのだろう。
私としても、ジョノミディス側にもモベアリエラと同い年の子がいるというのは安心できる。お互いさまということで片づけるにはちょうどいい相手だ。