070 想定外です!
「王宮の料理をいただいてみましょう。」
私は第四王子が離れている隙に王宮のテーブルに向かう。あまり王族には近づきたくない。特にモベアリエラと第四王子は年齢が近いだけに問題が起きやすい。
「ファーマリンキにエーギノミーアのお二方は、これから王宮料理を召し上がられるのですかな?」
テーブルの上に並ぶ料理を選んでいると、背後から声を掛けられた。
「はい。どれも美味しそうで迷ってしまいます。」
返事をしながら振り向くと、そこにいたのは王太子だ。王宮料理のテーブルで王族と会話をしないということは無理がある。
この王太子とは今まで何の接点も無いので、ある意味で対応がしやすい。教科書通りの王族との距離感でいれば良い。
「こちらのチーズ主体の料理はワインに合わせるように考えて出されている。酒を飲まぬ子どもならば、そちらの赤茄子のシチューが良いのではないか? メール鹿の肉をふんだんに使っているし食べ応えがある。デザートならばフルーツパイを食べてみると良い。」
王太子に勧められたら食べないわけにはいかない。私とモベアリエラは揃ってシチューを盛ってもらい、スプーンで口へと運ぶ。
煮込まれた肉が、まるで溶けるように舌の上で形を失っていく。脂の旨味に不思議な香ばしさが混じり、思わず口角が上がってしまう。
「これは素晴らしい料理でございますね。」
「大変美味しゅうございます。このようなものは初めて食べました。」
私が賛辞を述べると、モベアリエラも目を輝かせて料理を褒める。だが、王太子の方は冷めた目で私たちを、いや私を見下していた。
「収穫の改善について聞きたい。」
「どのようなことでしょう? 私にお答えできることでしたら」
「エーギノミーアは何故失敗した?」
想定外だ。
王太子から直接そのように問われることは考えていない。領地全体のことは話すなと父には止められている。だが、何とかしなければ、どうにか取り繕わなければならない。
「貴方の成果は聞いた。なればこそ不可解だ。エーギノミーアは失敗したとしか思えぬ。デォフナハのやり方には何か問題があるのか? 問い詰めるにも情報が必要だ。教えてくれ。」
そう言われても、私に答えられることは限られている。だが、下手な返し方はできない。失敗したと判断した理由を並べられでもしたら堪ったものではない。
「デォフナハより教わった方法に間違いはありません。それで確実に収穫を向上させることができます。」
とにかく、無難に答えられるところからはじめて、何とか時間を稼ぐしかない。モベアリエラには悪いが、構っていられる余裕はない。
「畑に魔力を撒くことで、驚くほど作物の生育が良くなります。そうなるとより多くの魔物に畑が狙われるので、これを退治することにも力を注がなければなりません。」
「ふむ。そうすることで、貴方の管理する畑は例年の三倍ほどにまで収穫を伸ばしたのだろう。」
話をしている最中に、父や母を探すが見える範囲には姿がない。フィエルでもこの状況を見つけてくれればと思うのだが、なかなか上手くいかないものである。
「ならば、何故、エーギノミーアの収穫は伸びていないのだ?」
王太子は、一番聞いてほしくないことを質問してくる。
答えは分かっている。それの対策も講じてある。だが、こんなところで口にするわけにはいかない。
「領全体のことについては、父、エーギノミーア公爵とお話をお願いします。私はそれをお話する立場にございません。」
「公爵では話にならぬから貴方に聞いているのだ。領主と、現場で動く者では見えるものが違う。」
「それが原因でございます。私には全体を見通すという観点がございませんでした。」
王太子がそこまで分かっているならば、ある程度、私の考えを言ってしまうしかない。
簡単に言えば、私が成果を出せば出すほど、不満を抱く者がいる。それは農民や商人たちの平民の間ではもちろん、貴族にも目障りに思うものがいたということだ。
「私にはそれを抑える力がなかった、というより、抑える必要があることすら認識していませんでした。」
収穫が増えれば、もちろん私は嬉しいし、他の者たちも喜んでくれるとばかり思っていた。だが、現実はそうではなかった。
何も考えていなければ、対応などできるはずがない。
「つまり、単に子どもに任せすぎただけだと言うのか?」
「私が言うことではないかと思いますが、私はそのように認識しています。」
「なるほど、理解した。確かに、妬む者たちへの対応は一年生や二年生には荷が重すぎるだろう。それで、他に課題はないのか?」
「細々としたことはいくつかありますが、私の課題はその一点に集約されます。」
「細々とは何だ? 具体的に申してみよ。」
王太子は口調は柔らかく優しげなのだが、その一方で言葉には恐ろしいほどの力強さがある。私は粛々と答えていくしかない。
「肥料をどう配分するかですとか、どの作物を優先的に栽培するのかを決めねばなりません。馬車を効率よく動かさねば、せっかく実った作物が畑で腐ってしまいます。」
「確かに細かいことだな。だが、どれも現場では重要なのだろう?」
「その通りでございます。」
王太子の指摘に私は大きく頷いてみせる。私の挙げたことは、王太子としてはどうでも良い些末な事柄だろう。丸瓜と細瓜のどちらを増やすかなど、王太子に判断を仰ぐことではない。
だが、諸々決めていかなければ農民も商人も動けない。
「なるほど。よく分かった。中間に立つ者の力量か。人選が難しいな。」
農業に詳しい者は宮中にはいないだろう。となると、誰かに農業を学んでもらわなければならない。農業など平民の仕事、と侮るような者が担当したのでは、収穫の改善は間違いなく失敗するだろう。
何とか無事に話を終え、一礼して王宮のテーブルを離れる。モベアリエラもすぐにそれに倣って私の後を追ってくる。
私が王太子と話をしている間、おろおろと見ているしかできなかった彼女は、目に涙が浮かんでいる。
可哀想だとは思うが、私だって泣きたい気分なのを頑張って対応しているのだ。それは分かって欲しい。
「少し疲れましたね。あちらの方で少し休みましょうか。」
公爵のテーブルが並んだその端に、何故か男爵であるデォフナハと思しきテーブルがある。あそこに行けば、甘味の一つくらいあるだろう。
テーブルの前まできてみると、山と並んでいた食べ物は随分と減っていた。
肉料理はあと僅か、麺料理も半分以下に減っている。それに対し、パイやケーキの類はまだまだ残っているようだ。
「みなさん、デザートはこれからなのでしょうか?」
「ケーキから食べる方はそういないでしょうからね。」
そういう私も取ってもらうのは麺料理だ。
揚げたのであろうか、パリパリの麺は小さく分けられていて、フォークで簡単に一口分だけを取れるようになっている。その上に野菜やキノコがたっぷり入ったシチューのような物がかけられる。
一口食べてみると、口の中でパリパリとトロトロが組み合わさって不思議な食感だ。そして、このトロトロのシチューのようなものは意外と酸味がある。
初めて食べる不思議な料理に、何と言葉にすれば良いのかがよく分からない。無言のまま、二口、三口と食べていると、横から声を掛けられた。
「どうですか? ティアリッテ様。その料理は私が作ったのです。」
自信満々に胸を張るハネシテゼがそこにいた。いや、いつも通りではあるのだが、これはどう答えて良いものか困る。
「今まで食べたことのない味でございます、ハネシテゼ様。ところで、作ったと言うのは料理法ですか? 料理ですか?」
「両方ですよ。」
「ハネシテゼ様は料理を作るのですか?」
モベアリエラは目を見開くが、私としては別に今更驚くほどのことでもない。昨年だって、食べただけで材料を言い当てたりしていたし、少なくとも厨房で料理するところを間近に見ていたことがあるのは明らかだ。
「もちろんです。どのような食材をどう調理するのか、自分の食事は把握しています。美味しい料理を考えるのに必要ですし、毒を避けるにも必須の知識ですよ。」
また、ハネシテゼは場を考えずにとんでもないことを言いだす。常に毒殺を警戒しているなどと、少なくともパーティーの席で言うことではないだろう。