069 パーティーは続く
「私は焼売が好きなのですが、残念ながらこちらに用意してもらえなかったのです。」
モベアリエラは心底残念そうに言うが、個人的な好みでパーティーに出す料理を決めることはできないだろう。少なくとも、領として自信を持って出せる料理でなければならない。
「ファーマリンキでは、焼売はどのような味付けて召し上がっているのでしょう? こうして各地の料理が並ぶと分かるのですが、知った料理でも、領地によっては味付けの傾向が違ったりするのですよ。」
「そうなのですか? 私はいつも柑橘酢でいただいていますわ。」
それは驚いた。我が家では豆味噌のソースをつけて食べるのが常だ。今度、料理人に言って出してもらっても良いかもしれない。
「エーギノミーアでは柑橘酢はあまり使われないのです。薯料理には使われますけれど……」
「ファーマリンキでも最近は柑橘のできが良くないとかで、使える量が減ってきているらしいのです。」
モベアリエラはそう言って物憂げに視線を落とすが、そこで言葉を終わらせないでほしい。次の一言が必要なのだ。
微妙な間が開いてしまって、モベアリエラは僅かに首を傾げ、そして、はっと気づいたように次の言葉を口にした。
「そういえば、ティアリッテ様は収穫の改善に携わっていると聞きました。柑橘の収穫も増やせるものなのでしょうか?」
モベアリエラの言葉に、周囲で密かに様子を窺っていた大人たちの視線が一気に私たちに注がれる。
「昨年、私が担当した作物に柑橘はございませんでしたが、ハネシテゼ様のお話によると木に生る果実も増やせるということです。」
「それは興味深い話ですな。」
さっそく話題に乗ってきたのは、つい先ほどまでファーマリンキ公爵と話をしていたイグスエン侯爵だ。
「収穫を増やすとは言いますが、どの程度増えるものなのでしょう?」
「私たちが担当したのは麦に豆、イモ、それに大菜や丸瓜などですが、いずれでも、他の畑の三倍ほどは収穫できています。」
「三倍と言うのはどういう基準でなのでしょう?」
「畑の面積当たりで収穫できる重量、または容積でございます。」
他領ではどのようにしているのか知らないが、エーギノミーアでは畑の区画の広さは統一されている。一つの区画に植える作物は一種類だけなので、他の畑と比較しやすいのだ。
もともとは取れ高の算定や税の計算を簡単に済ませるための施策らしいが、何かを試すにも、効果が分かりやすくて便利である。
「同じ種類の作物なら、同じ大きさの箱に入れた重量はほぼ同じになります。」
「つまり、収穫した作物を木箱に詰めていくと三倍ほどの数になった、ということでしょうか?」
「その通りでございます、モベアリエラ。」
「作物の種類によって、収穫量の増え方に差はないのですか? もし、効果の高い作物があるならば、そういった情報は他の領にとっても重要でございます。」
「昨年、私たちがやってみた結果では、そこまではっきりとした差は出ていないのです。たしかに、若干の差はありますが、それは作物による差なのか、私たちや農民の作業に偏りがあったのかは定かではありません。」
そのあたりのことは以前に母や徴税官たちとも話をしているのだが、昨年の例だけでは判断できないという結論になっている。何年かかけて、担当するものや魔力を撒く畑の面積を増やし、多くの実例を集めなければはっきりしたことは分からないだろう。
私が説明していると、モベアリエラは段々困ったような顔になっていく。彼女に理解できない話は、あまり長々と続けるべきではないだろう。
「モベアリエラも畑に携わってみると良いですよ。」
「莫迦なことを勧めないでくれるか?」
「あら、ファーマリンキの城の花壇に丸薯など植えてみてはいかがですか? 綺麗なお花が咲くのですよ。」
城の花壇ならば、魔物や不埒な輩に襲われる心配もないし、練習するにはちょうどいいはずだ。ハネシテゼも最初は城壁内の畑からだった始めたと聞いている。
「私もやってみたいですわ。」
「今すぐには決められぬ。誰にどう分担するかは領主一族で話し合わねばならぬ。」
魔物退治も疎かにするわけにはいかないし、いくら当主とはいえ、人員の配置をどうするかは勝手に決めることもできないだろう。
「春になれば、お主も魔法の訓練が始まる。畑のことをしていられる余裕があるかは分からぬ。分からぬのに任せることはできぬ。」
そう言われると、モベアリエラも強くでることはできないようだ。新しいことをいくつも始めるのは大変だと言うことくらいは分かっているのだろう。
「ティアリッテ殿は、今年も畑に携わるのですか?」
「ええ、収穫を本格的に増やしていかねばなりません。任される畑がどれほどになるかはまだ決まっていませんが、少なくとも昨年よりは増える予定です。」
具体的な広さを聞かれても、昨年の実績を答えるだけに留める。今年はどの程度を担当するのか、実際に未定なのだ。少なくとも私は聞いていないし、「より多くの畑を管理できるよう精いっぱい努力したいと思っています」と答えておけばそれ以上の追及はなかった。
「イグスエン閣下のテーブルはどちらでしょう? 今年はどのような料理を用意されたのですか?」
話の間が開いた隙に、私の方からイグスエン侯爵へ話しかける。あまり同じところで話し込むのは好ましくない。
「あちらだ。酒が多いので子どもには向かぬかもしれぬ。」
そう言いながらも案内してくれた。テーブルの上に料理はあまりないが、その代わりに横には樽が並んでいる。
さすがにモベアリエラにお酒を勧めることはできないので、二人で燻製肉のシチューを頂くことにする。
「魔物退治はどのように進めているのだ? ティアリッテ殿も参加するのか?」
「私は領都周辺の畑に出る魔物の退治が担当です。遠征は今までと変わっていませんし、変えようもありません。」
このあたりの質問も想定の範囲内だ。予め考えておいた答えを述べればそれで済む。
一通り説明し、さらに別のテーブルへ移動すると、周囲の大人たちもバラバラに散っていった。