063 杖づくりの準備
トカゲの魔物は、驚くほど簡単に退治が完了した。
五年生たちの反撃により大小の傷を負い、特に片目を潰されていたのが幸いだった。
魔物が通った痕跡は、私たちにも分かるほど明白で、しかも、それほど遠くまで逃げていなかった。
そして、聞いていた通りの傷をもつことは一目見てすぐに分かるものだった。クマのときのように、もしかしたら別の個体かもしれない、と心配することもない。
今回の全ての用事が片付いて私たちが王都に戻ったのは、まだお昼過ぎくらいのことだった。
午後の講義には参加しようと思えばできなくはない時間だったが、とてもじゃないがそんな体力は残っていない。居眠りしてしまうくらいなら、無理して出席せずに部屋で寝ているべきだろうということで、軽く湯浴みをしたあとは翌日までぐっすりと寝て過ごすことになった。
「おはようございます、みなさま。」
「おはよう、ティアリッテ。ちゃんと休めたかい?」
講義室に入り挨拶すると、ジョノミディスから返事が返ってきた。私としては、正直、まだ寝ていたい気分だが、そんなわけにもいかないだろう。
「少々疲れは残っていますけど、座学の講義なら問題ありませんわ。ジョノミディス様こそ、顔色が優れないようですけれど大丈夫ですか?」
「ああ、僕も一晩で疲れが抜けきらないのは初めてだよ。」
ジョノミディスと他愛のない話をしていれば、フィエルやザクスネロもやってくる。彼らも表面上は取り繕っているが、ところどころでどこか気怠そうに見える。
一番分からないのはハネシテゼだ。完全に取り繕って見せているのか、本当に回復したのか全然区別がつかない。まるで普段通りに振るまってみせる彼女の根性には恐れ入る。
算術や歴史の講義は、何の問題もなく終わる。疲労は残ってはいるが、居眠りをしたりするほどではないし、特に支障はない。むしろ、私たち第一班以外の者たちが眠そうにしているのが不思議なくらいだ。
よほど疲れているのか、昨日のことを聞きに来る者が一人もいない。昼になると、みんないそいそと食事に引き上げていった。
「彼らは昨日、何をしていたのでしょう?」
「私たちよりも先に戻ってきていたはずですよね? 着いてから講義を受けていたのでしょうか?」
それではいくらなんでも先生の体力の方が持たないのではないだろうか。夜中に交代で見張りをしていたはずだし、狩りに積極的に参加はしていないものの、不測の事態があればいつでも対応できるよう常に気を張っていたのは見ていればわかる。
「そんなことよりも、預けていたものを引き取りに行きましょう。」
そうだ。森で集めてきた杖の材料を先生に預けたままだ。だが、いきなり行くのも失礼ではないだろうか?
「朝、講義が始まる前にお話はしてあります。早く取りにきてほしそうでしたし、遅くなる方が失礼でしょう。」
確かに、森で採ったまま、洗ってもいないような物ばかりだし、あまり、自室に保管しておきたい類のものではないかもしれない。
連れ立って講師棟へ向かい、受け付けで取り次ぎを頼むと、すぐに倉庫へと案内された。
「こんなところがあったんですね。」
「森で狩った獣を回収することもありますからね。加工に出す前の毛皮等を保管しておく場所くらいはありますよ。」
つまり、私たちの採ってきた植物の根や魔物の角はそんな場所に置かれている。
「それで、これを一体どうするのですか?」
「杖を作るのです。自分専用の杖ならば、これだけの材料でできますから。」
預けるときには魔術道具と言って誤魔化していたのに、今回はあっさりと本当のことを説明する。
「杖、でございますか?」
「ええ、杖でございます。」
信じられない、と言った面持ちで聞き返してくるが、ハネシテゼは自分の杖を取り出して自信たっぷりに頷いた。彼女の持つ杖は自分で作ったものらしいし、できる自信はあるのだろう。
「魔法の杖を自分で作れるとは聞いたことがありませんよ。希少で高価な専用の魔術道具を必要とするはずです。」
「実は、わたしの杖はそれとは違うものなのです。この杖を使えるのはわたしだけで、他の方には使うことができません。」
私は以前に母の杖を借りて使ったことがあるが、どう考えても腕輪よりも効率的に魔法を使うことができた。それはフィエルも同じであるはずだ。
だが、ハネシテゼの杖はそうではないらしい。作った本人以外の者が持っても、ただの棒でしかなく、魔法の杖として使うことができないのだと言う。
「そのようなものがあると言うことすら聞いたことがないのですが、一体どこで誰に教わったのです?」
「残念ながら、その質問にお答えすることはできかねます。」
ハネシテゼが秘密にする基準がよくわからない。このタイミングでそういう言い方をするということは、おそらく黄豹あたりから得た知識なのだろう。先生はそこまで見当がつくのかは分からないが。
木の根と魔物の角を抱えて学生寮へと戻り、自室へと運び込む。側仕えたちが嫌そうな顔をするが、そこは我慢してもらわなければならない。
「お嬢様、デォフナハの娘に影響を受けすぎでございます。このような物を自室に持ち込むものではありません。」
側仕え筆頭にそう窘められるものの、この学生寮で私が自由に使える倉庫はない。もちろん、私の部屋で使うための薪を閉まっておく倉庫はあるが、そこに私が立ち入ることはできない。
ハネシテゼならば自由気ままに使っているのかもしれないが、私が行こうとすれば、全力で阻止されると思う。
「では、倉庫にしまいに行きますので、鍵をお貸しください。」
そう言うと、案の定、物凄い勢いで反対された。倉庫は階段を下りた一階にあり、倉庫以前に一階に下りること自体が『公爵の娘』らしからぬ行為だということだ。
「ならば仕方がありません。ここに置いておくしかないでしょう。」
「私たちが運びます。」
「いいえ、それもダメです。これは、私が扱わなければならないのです。あなたたちは手を触れないでください。」
これらの材料は、これから私の魔力を通して馴染ませていくことになっている。具体的な手順は次の休暇の際に実演しながら教えてくれるらしいが、日々、魔力を注ぎ込んでやることも大事だと言っていた。
「私の魔力だけを注ぐのが大切だとハネシテゼ様は言っていました。先生に預けていたので、まず、先生の魔力を追い出すところから始めなければならないのです。これ以上余計な魔力を使わせないでください。」
「ならば、せめて、洗わせてください。」
「それも自分でやらなければならないらしいです。夕食の後にやりますので、それまでは我慢してください。」
どこからどう見てもただの汚い木の根にしか見えないし、側仕えたちが不快に思うのも分からなくはない。一年前の私だったら、このような物を部屋に持ち込もうとは思わなかっただろう。
側仕えたちはハネシテゼの影響を受けすぎと言うが、収穫を改善し、農業生産力を高めることは絶対必須なのだ。そのためには魔物退治にも力を入れていかなければならない。
魔法の練習や勉強が大切なのはわかるが、杖や魔術道具を作るのも手段の一つだと思う。
夜に水で丁寧に洗ってやれば、私がそのようなことをすること自体に苦言を呈されたが、それが過ぎれば特に言ってくることもなくなった。