061 私たちの出番
クマの魔物を焼いている間、私たちは休憩時間となった。
私たちも見張りや焼却作業にと思っていたのだが、騎士たちに「邪魔だから馬と一緒に休んでいろ」と追いやられてしまったのだ。
ハネシテゼも、全く反論することなく、その言葉に従い、私たち七人は揃って木の根元に腰を下ろす。
そうしていると、当然のように睡魔が襲ってくる。
私が目を覚ましたのは、騎士たちが出発の準備を始めて辺りが騒がしくなってからだった。
左右を見ると、フィエルとザクスネロ、それと五年生の二人はまだ眠っている。ハネシテゼの姿は見当たらず、ジョノミディスも起きたばかりなのか、大きく伸びをしているところだった。
「もう出発ですか。」
「ああ、そろそろ起きた方が良さそうだ。」
周囲の騎士たちは誰も私たちに声をかけてはこないが、下ろしていた荷物を馬に乗せたりと、どう見ても出発準備をしている。
私たちもフィエルたちを起こして馬の方へと向かう。
「あ、起きましたか。」
ハネシテゼは当たり前のように出発準備を整えている。本当に、どこにそんな体力があるのか不思議で仕方がない。
私たちも残り少なくなった桶の中身を棄て、荷物を鞍に乗せて出発準備を整える。次はどこへ向かうのだろう?
「まず、北へ向かい、森を出ます。そこで魔物を誘き出して、周辺の魔物を一掃する予定です。」
私たちが眠っている間に、ハネシテゼは今後の予定も把握しているらしい。軽く説明してくれた。
「出発確認!」
「第一班よし!」
「第二班よし!」
「学生班よし!」
最終確認があって、騎士たちは再び森を進み始める。それほど長い時間ではないが、眠って休めたのは結構大きい。真っ直ぐに馬に乗っていられる程度には回復できた。
雪は強くなったり弱くなったりを繰り返しながらも降り続いている。森の中も、木の枝に雪が積もり、視界は白の比率が高くなってきている。
それでも騎士たちは変わらぬペースで進み続けている。熟練者と私たちの力量の差は明らかだ。後ろをただついていくだけなら私にもできるが、先頭に立って同じようなペースで進むなどできるはずもない。
「そういえばティアリッテ様。わたしもティアとお呼びしてよろしいでしょうか?」
唐突に変なことを聞いてきた。正直言って、家族でもないハネシテゼにそのように名前を省略されるのはあまり気持ちの良いものでもない。
「どうしてまた、突然、そんなことを?」
「魔物退治の指示の時に名前を呼ぶのに時間が掛かりすぎるのが気になるのです。」
名前を呼ぶだけで数秒かかるのは、危急の際は死活問題になりかねないという。
ティアリッテ、フィエルナズサ、と呼ぶよりも、ティア、フィエルと呼んだ方が掛かる時間が短く、その分だけ早く対応できるというが、なんとなく釈然としない。
「番号の方が良いですか?」
「それは勘弁してくれないか? 私はフィエルで良い。」
番号呼ばわりの方が嫌だと、フィエルは短縮呼びを認めることにした。
「だが、普段からそのように呼ぶのは止めてほしい。」
「もちろんです。婚約でもしているのかと思われてしまいますからね。」
あくまでも、魔物退治や戦闘の最中の指示や注意を素早く行うためだとハネシテゼは強調して言う。
名前である必要もなく、好きな花や果物の名前でも何でも良いが、すぐに自分のことだと分からないのではまるで意味がないので却下ということだ。
「では、私もティアで良いです。」
「私のことはハンネでお願いします。」
ジョノミディスは『ジノ』、ザクスネロは『ザック』、さらにモルックオールは『モレ』、ネゼンヴェンは『ネゼン』となったのだが、とてもじゃないが照れくさすぎる。
五年生に至っては、こんな失礼な呼び方をして大丈夫なのかと不安になってしまう。
一時間程度で森を抜けて、川の辺へと出た。
森から出たことで視界は開けるが、雪に霞んで遠くまで見通せないのは変わらない。足下は雪に覆われているが、地形的には大小の石が転がる川原のはずだ。
騎士たちが列を崩して休憩に入っていくなか、さっさと馬に水を与えてハネシテゼが張り切って声を上げる。
「わたしたちの出番ですよ。休憩の邪魔にならないよう、もう少し東側でやりましょう。」
七人で川に沿って歩いて行くが、特に騎士たちから呼び止められたりもしない。おそらく、ハネシテゼが話をつけてあるのだろう。
「ここらで良いでしょうか。」
騎士たちが休憩しているところから百歩ほどのところで足を止め、ハネシテゼは周囲を見回す。雪のせいで視界は悪いが、すぐ近くに魔物の気配はない。
「まず、魔力を撒きます。モルックオール様、ネゼンヴェン様。よく見ておいてください」
ハネシテゼは二人に声をかけると、まず見本ということで自分で魔力の玉を森に向かって放り投げる。私たちも森の手前に落ちるように魔力の玉を投げると、茂みがガサガサと騒がしくなりはじめる。
「モルックオール様もやってみてください。ネゼンヴェン様もどうぞ。」
ハネシテゼに促されて二人もなんとか小さいながらも魔力の玉を手のひらの上に浮かべる。
そしてそれを放り投げようとするが、森に届かないどころか十歩かそこらで、ぽんと音を立てて弾けてしまった。
「迎撃準備。炎と水でお願いします。」
森の方の動きが盛んになっている。藪や茂みの向こうに黒い影が動き回っているのが見え隠れしているのがこちらからでも分かるくらいだ。
さらに魔力を撒いてやると、巨大な嘴を持つ獣と蛇のような長い胴を持つ多足生物がバラバラと集まってきた。
「爆炎魔法でいきます。距離は中ほど、ジノが右側、左側はフィエル。中央を抜けようとしてくるものは押し戻すようにザック。ティアは中央に火柱を。モレとネゼンは漏れた敵を個別に狙ってください。」
指示が終わらないうちから魔物はこちらに迫ってくる。ジョノミディスとフィエルが互いに目配せして爆炎魔法を放ち、ザクスネロは可能な限り引きつけてから敵を奥へと吹き飛ばす。
そして、私の火柱の魔法が、まとめて全部炎で包み込む。それをさらに包み込む旋風はハネシテゼが放ったものだ。
逃げ出すにも風に阻まれ、魔物たちは炎の柱の中で黒こげになっていく。
魔法の効果が切れた時には、魔物だったモノはもはやピクリとも動かない。そこにさらに魔力を撒けば、火柱を見て警戒していた魔物たちも喜んで飛び出てくる。
「魔物とは随分と単純なものなのですね。」
モルックオールは呆れたように言うが、ハネシテゼは少し考えてから首を横に振る。
「比較的単純なのは魔物の特徴ではなく、小型の獣の特徴です。だから、気を付けてください。大型の魔物は力が強いだけではありません。」
鬼のように道具を使ったりする魔物ならば分かりやすいが、そうではなくても大型の魔物の方が群れの統率が取れていることが多いし、罠を張ったり陽動を用いたりとかなり高度な作戦を用いてくるものもあるという。
「先ほどのクマも、私が先に見つけましたが、右側のクマは挟撃するために離れて隠れ潜んでいたと思った方が良いでしょうね。」
確かに、前を歩いていた騎士たちは左側のクマに気を取られてか、右側のクマには気付いていないようだった。
攻撃される前に見つけたので何の問題もなく撃破できたが、不意を突かれていれば怪我人が出てもおかしくはないだろう。
そんなことを話しながらも、先ほど同じ作戦で敵の第二波を屠り去る。雷光の魔法を使うのに比べると、明らかに魔力や体力の消費が激しい。
雷光の魔法は細かい魔力の制御は難しいが、それに慣れてしまえば効率よく敵を倒せるというのが身に染みて良く分かる。
だが、その雷光の魔法は今は使用禁止らしい。歯を食いしばって頑張るしかない。