060 魔物退治
「とりあえず、肩に力が入り過ぎです。それでは体は休まりません。」
完全に眠ってしまうと落馬の危険性があるが、体の力を抜いて馬に任せて歩いていれば良いというが、そんな話は聞いたことがない。
手綱はしっかり握り、胸を張って顔を上げるようにと何度も何度も言われてきたのだ。
だが、ハネシテゼは首を横に振り、私の反論を否定する。
「それは単独での場合です。このような集団で移動する場合は、放っておいても前の馬についていってくれますから、手綱を握る必要はないんですよ。」
要は馬の負担にならないようバランスを取って乗っていれば良いらしい。実際、ハネシテゼが鞍の上で腹這いに寝ても、馬は何事もなかったように歩き続けていた。
腹這いになるのはやりすぎとしても、楽な体勢を探してみることにした。あまり変な体勢を取ると、馬が嫌そうにブルルと鼻を鳴らすので慌てて体を戻す。
体の前で鞍に両手をついてしまうのが、比較的安定しているし全体的に楽な感じがする。居眠りしてしまいそうなのが少し怖いが、そうしていると大分休めた気がする。
「戦闘態勢!」
馬の上でうつらうつらとしていると、急な大声ではっと目を覚ます。
「左前方、二匹! 恐らくクマだ!」
前方の騎士が魔物を発見したようで、号令とともに騎士たちは攻撃態勢に入っていく。
「右にも大きめの魔物がいます! 気を付けてください!」
「何⁉」
「右側、緑灰熊一匹確認!」
ハネシテゼが森の奥を指し叫ぶと、前と後ろからすぐに応答がある。確認の報告を上げたのは私たちのすぐ後ろの騎士だ。
「右側は二班に任せる! 一班、水撃用意。」
すぐさま指示があり、前の騎士も後ろの騎士も一斉に動き出す。
「私たちは」
「全力で索敵! モルックオールは前、ネゼンヴェンは後ろ、ジョノミディス、ザクスネロは左、フィエルナズサ、ティアリッテは右を! 警戒するべきは別の魔物に不意打ちをされることです。」
どうするべきか尋ねようと口を開いたところで、ハネシテゼが指示を出す。
目の前の敵に意識が向けば、隠れ潜んでいる敵に対して無防備になってしまう。そこを突かれたら、大打撃を受けてしまう可能性がある。
一年生のときに習ったことだが、即座に実行できるほど身についてはいないことを実感し、歯噛みをする。だが、やるべきことを明確に指示された以上、全力で取り組まねばならない。
「驚いて逃げていく獣はいるが、留まっているものは警戒が必要なのか分かりづらいな。」
「探してみると、小さな魔物はあちこちにいますね。」
私たちがそうしている間にも、騎士団は連携を取りながら三匹の魔獣に攻撃を仕掛けていく。緑色のクマは吼えながら抵抗するも、どんどんと傷が増え動きが鈍くなっていく。あれならば、倒すのも時間の問題だろう。
「木の上、蛇が近づいてきています!」
モルックオールが声を上げると、ハネシテゼが動いた。蛇は左側の騎士たちの方へと向かおうとしていたが、ハネシテゼの矢に撃たれ、血を撒き散らしながら地面へと落ちる。
そこへ駆け寄って行き、止めの魔法を放つと二匹の蛇を回収してきた。蛇は体を何か所も貫かれ、ピクリとも動かない。
血塗れの蛇の魔物を見て、私はどうしても気になったことを聞いてみた。
「何故、水の魔法なのでしょう?」
「他の魔法は秘密だからです。」
先生方には見せてしまっているし、何故、今さら秘密にするのかがよく分からないが、雷光の魔法は騎士たちには見せたくないような口ぶりだ。
「そんなことよりも、他に動きはありませんか?」
「今のところ、向かってきている魔物は見当たりません。」
「あの穴に何かいるのは確かなのですが、それ以上が分からず……」
ザクスネロが悔しそうに言うが、ハネシテゼもそれは仕方がないと穴の場所だけ報告するように言う。
穴の中、地面の下に隠れ潜んでいるような魔物は、ハネシテゼでも気配を掴むことはできないらしい。
「だから、誘きだして叩くのが魔物退治の作戦の基本なのです。」
安全を考えるなら、それが一番だろう。わざわざ、魔物が罠を張って待ち構えているところに行く必要はない。
だが、この辺りには誘き出してまとめて叩けるような、十分な広さのある場所がない。そういう場合は、一匹ずつ確実に倒していくしかなく、とても効率が悪い。
ハネシテゼの話を聞きながら周囲の警戒をしているうちに、左右どちらとも無事に魔獣を倒したようだ。
「行きましょう。この蛇も一緒に処分してしまいたいですから。」
ハネシテゼについていくと、騎士たちは緑灰熊を仰向けに転がし、その腹を縦に割いていた。
「これは何をするのですか?」
「森の中で、大きな魔物を丸ごと焼いたら大火事になってしまいかねませんから、ある程度小さく切ってから焼くのです。」
複数人の騎士たちが、次々と刃を入れて行き、肉を小分けにして四肢を切り落とす。見ていて気持ちの良いものではないが、この作業の仕方も覚えなければならないのだろう。
ハネシテゼも、落とされた足をさらに関節部分で切り離そうとナイフを突き立てる。私も同じようにやってみるが、結構力がいるし、臭いし、できるならばこんな作業はやりたくない。
なんとか足の関節を切り終わると、胴体の方は原型なくバラバラになっていた。
そして、積み上げられた肉塊に向かってハネシテゼが小さな火の玉をいくつも放つ。
「ずいぶんと可愛らしい魔法だな。」
騎士は笑いながらそう言うが、ハネシテゼの火の玉は大きさが小さいだけで、火力は決して低くない。すぐに肉片はジュウジュウと音と白煙を上げ始める。
私たちも真似をして火の玉を放ってやれば、煙の勢いは一層盛んになり、臭いも酷くなる。
本当に、この臭いのはどうにかならないのだろうか。
森の中での焼却処分はとても時間がかかる。一度に全部を焼くこともできず、少しずつ小分けにした肉片を炭にしていくのだ。
「そうだ! そこに穴がありましたよね? ちょっと手伝ってください。」
ハネシテゼは、ぽんと手を打ち魔物の足首を掴んで穴があった辺りへと向かう。あまり近づくのは危険だとおもうのだが、どうするつもりだろう?
と思ったら、ハネシテゼはクマの足首を地面にあいた穴に向かって放り投げた。
半分転がりながら、クマの足首は穴の中に落ちて行ったが、穴の中からは特に反応は無い。
私も持ってきた魔物の足の欠片を放り投げてみる。狙いが外れてしまい、穴の外に転がってしまったので、爆風の魔法で無理矢理穴に押し込んでみる。
だが、やはり反応は無かった。
「穴の主は留守なのでしょうか?」
「あのクマのねぐらなのかもしれませんね。」
ジョノミディスたちもどんどん運んで穴に放り込んでみるが、やはり何の反応も無い。
「おいおい、どうするんだ? そんなところに肉を放り込んで。」
「こうするんです。」
咎めるように言ってきた騎士に、ハネシテゼは笑顔で答え、炎の帯を穴の中に叩き込む。中の様子は全く分からないが、穴からは激しく白煙が上がる。
「この中ならば、延焼を気にせず焼いてしまえます。どんどん入れていきましょう」
言われて私たちはひたすら魔物の肉片を運び、穴に放り込んでは火魔法を叩き込む。
煙は一層激しくなり、噴出すると言った方が良いほどの勢いだ。
白煙があがらなくなったら、水魔法を放り込んで消火して終わりとなる。
気が付いたら、騎士たちから困ったような目で見られていた。