056 合同演習(9)
突然、大量の魔力の玉が投げられて驚いたのは私だけじゃない、フィエルたちもそうだが、森の方からも明らかに反応があった。
それまで息を潜めるように隠れていた魔物が「ブォォ!」と吠え声を上げたのだ。そして、ガサガサと枝葉が擦れ合う音が続いたかと思ったら、茂みを跳び越えて魔物が姿を現した。
全身が暗緑色のトゲつき鱗に覆われていて、耳の辺りから長いツノが後ろ向きに伸びている。頭から背にかけて鬣の代わりに並ぶ角張った鰭が特徴的だ。
なんとなく馬のような顔をしていて、体の大きさも馬ほどなのだが、大きく裂けた口を開くと印象はただの醜悪な魔物そのものになる。
鋭い歯を見せつけるように口を大きく開くのがこの魔物の威嚇なのだろうか。
私たち、というよりも丸い獣に向かって突進するが、そんなことはさせない。私とフィエルの放った雷光に打たれ、断末魔をあげることすらなく崩れて地面を滑る。
「あの獣は何なのでしょう? 魔力を投げていましたし、森の守り手なのでしょうか?」
「ツノがあります。魔獣なのではありませんか?」
「いや、魔獣という感じではない。第一、魔物は魔力を投げはしないはずだ。攻撃してはいけない。」
五年生や第二班は身構えるが、魔力を放つ獣だし魔物ではないなはずだ。だが、家畜でもなさそうだ。
「挨拶をしてみれば分かるだろう。」
ザクスネロが白くて丸い獣の方に向かって進み、魔力の玉を放ってみる。すると、獣たちは何頭かで魔力の玉を弾きあい、最後にザクスネロの方へと投げ返す。
そして今度はいくつもの小さな魔力の玉が私たちに向かって投げられる。
「みんな下がるんだ!」
叫んでジョノミディスは慌てて魔力の玉を受け止めて投げ返していく。黄豹や白狐ほどの強烈な強さではないが、受け止めきれなかったらどうなるか分からない。
私も走りながら片っ端から投げ返していく。
「一度に投げてくるとは思いませんでした……」
息を切らせながらも、なんとか全部処理できた。これで挨拶は終わりで良いのだろうか?
そう思っていたら、獣たちは私たちの方へとやってくる。試しに撫でてみると、白っぽい体はもこもこと暖かで気持ちがいい。
「ティア、先にアレを焼いてしまおう。陽が暮れてしまうぞ。」
フィエルに呼びかけられて、私は我にかえる。そういえば、魔物の処理がまだ終わっていない。太陽はもう西の空の低いところまで落ちてきている。寝る場所の確保もしなければならないのだから、早くしなければならない。
「周辺に散らばっている魔物は集めてください。全部焼き払います。」
五年生たちに指示を出しながらも、ジョノミディスは近くの魔物からどんどんと放り投げ、蹴り飛ばしていく。
私もやるべきことをやらねばならない。死体の山に炎の帯の魔法を放ち、さらに周辺の魔物をその上に積み重ねていく。
フィエルとザクスネロもすぐに死体を積み上げていくと、なんと、白い獣たちも小型の獣を蹴り集めてきてくれるではないか。
思わぬ手助けを得られ、陽が沈み切る前に魔物の死体を集める作業を終えることはできた。だが、これが燃え尽きるまでまだまだかかるし、何より、最後の大型の魔物はまだ離れたところに転がったままだ。
「先生、あの魔物は食べることができるでしょうか?」
「あれを食べるつもりなのですか?」
私には、食べられる種類の魔物に関する知識はない。ハネシテゼなら知っているのかも知れないが、向こうも魔物を焼いているであろう火が見える。
ならば、ハネシテゼはあそこから動かないだろう。
「食事の用意をしていない方も多いようなので、もし、食べられるのならばと思ったのですが……」
「一食程度なら我慢するほかないでしょう。その魔物は見たことはありますが、食べたという話は聞いたことがありません。」
毒を持つ魔物もあるというし、分からないならば、試しに食べてみるのは少々危険な賭けだ。お腹は空いていても、今すぐに飢えて死んでしまうわけでもない。
ハネシテゼとの合流を急ぐしかない。
何度も魔法で炎を追加していれば、死体の山は明々と燃え上がる。臭いのが難点だが、それでも火に当たっている間は凍えることもない。
枯草の上に腰を下ろして炎を眺めていると、すぐ隣に白い獣が寝そべる。軽く体を寄せると、このモコモコはなかなかに暖かい。
この状態で寝られるならば、毛布はいらないのではないかと思うくらいだ。
うつらうつらとしていたら、揺れる灯りが見えたような気がした。
いや、体を起こして見てみると、暗闇の中、小さな火が揺れながら近づいてきている。
「誰だ? そちらは終わったのか?」
「はい。食べられる魔物をいくつか狩れたので、こちらも終わったのでしたら来てくださいとハネシテゼ様がおっしゃっています。」
ハネシテゼが食べられると言っているものならば確実に大丈夫なのだろう。
すぐにでもみんなで向かいたいところだが、こちらの焼却作業はまだ終わっていない。夜になってしまうと煙の色が見えないのが困り物だ。
「魔力がもう尽きるという者は行ってくれて構わない。私たちはこれを焼き終わってから行く。」
「心配しなくても、私たちは夕食は準備してきています。お肉があるなら堂々と食べられますね。」
陽が沈んだとはいえ、盛大に焼却作業をしている近くにいれば炎に照らされて丸見えである。
他の人がお腹を空かせているところで、自分だけ食事を摂るのもすごく気まずくて食べるに食べられなかったのだ。これで気兼ねなく食事をすることもできる。
私が鞄からパンを出して食べ始めれば、周囲の人たちは動きだす。
「僕も食事にさせてもらうよ。」
ジョノミディスも鞄を開け、フィエルも我慢ももう終わりだと荷物に手を伸ばす。
「この中では私だけか……」
ザクスネロが落ち込むが、ここには三人いれば何とかなるだろう。ハネシテゼに肉を分けてもらいにいくよう勧めておく。
「本当に大丈夫なのか?」
「見張りなら、この子たちもいますから。」
この白い獣は休んでいるようでも、完全に周囲への警戒を解いてはいない。必ず何頭かは周囲をキョロキョロと見回しているのだ。
「そろそろ良いんじゃないでしょうかね。」
「うわっ!」
突然、背後から声をかけられてジョノミディスが珍しい声を上げる。というか、ハネシテゼはいつの間にやってきたんだろう?
そういえば、向こうで燃え上がっていた炎は見えなくなっている。こちらも、何度か炎を足して死体の山がそろそろ灰になってきたかという状態だ。
「それはそうと、先ほど大きめの魔物を倒したのですが、ツノは回収した方が良いのでしょうか?」
「ええ、ザクスネロから聞きました。どんなのか見るために来たのです。」
一つだけ離れて残る魔物の死体のところに案内すると、ハネシテゼは一目見て「回収しましょう」と即断した。
「今やってしまいますよ。これも燃やしてから寝たいですから。」
確かに、明日に作業を残しておきたくないし、この死体に引かれて他の魔物が寄ってきても面白くない。
ナイフを取り出すと、魔力の玉を浮かべて明かりにして、魔物の頭を抉っていく。ツノの根本に何度も刃を突き立て、小さな火球で焼き、最後に力一杯引き抜く。
これはこれで重労働である。そして、最後の仕事は残った魔物の体を焼き尽くすことだ。
最後の魔力を振り絞って何とか半分ほど灰にしてやっと私たちも休むことができる。
「あちらにみんな固まっています。わたしたちも行きましょう。先生方も、遅くまでありがとうございます。」
私たちが移動を開始すると、焼き跡を確認してから先生たちも合流に向かう。そして白い獣もパラパラと立ち上がり私たちの後をついてきた。