053 合同演習(6)
「大丈夫か? ティア。」
フィエルに声をかけられて、はっと目を覚ました。
「申し訳ありません、眠ってしまっていました。」
「随分疲れているようだし、休んでおいた方が良い。」
そう言われても、私一人だけ寝ているわけにはいかないだろう。ハネシテゼは別としても他の三人とは基本的に上も下もない。彼らに甘えるわけにはいかないのだ。
「いえ、見張りは二人いれば十分ですから、ジョノミディス様とフィエルナズサ様にお任せしてわたしたちは休憩しましょう。ティアリッテ様とザクスネロ様はかなりお疲れの様子です。」
「済まぬ。魔物退治は慣れていたつもりだったのだが……」
「構わぬ。その分、私たちも後で休ませてもらおう。」
あくまでも交代でと念を押して、私も目を閉じた。
座ったままなのに、眠るまでそう時間はかからなかった。
私が起こされたのは、一時間ほどしてからだった。ザクスネロは七、八分ほどで起きてジョノミディスと交代したらしい。
「大丈夫か?」
「ええ、お陰で休めました。フィエルも休んでください。」
「そうさせてもらう。」
私が立ち上がると、代わりにフィエルが枯草に腰を下ろす。彼も疲れていたのか、すぐに寝入ってしまった。随分と無理をさせていたのかもしれない。あとで改めて礼を言っておく必要がありそうだ。
眠気覚ましに顔を洗ってからザクスネロに状況を確認する。
「特に何もないな。魔物が近寄ってくる様子はないし、あちらも回収された死体と火魔法が追加されたくらいだ。」
積み上げられた魔物の死体は、変わらず臭い煙を上げている。かなり増えているし、周囲の人たちも増えている。私たちと同じように休憩している人も何十人かいる。
「魔物の死体の回収は進んでいるのでしょうか?」
「どうだろうな。そこまで把握してはいないからな。彼らも別に私たちに対して報告する義務はないしな。帰ってきちんと報告できるようになっていれば問題ないだろう。」
本当に大丈夫なのかという不安はあるが、私がそれを言うことでもないだろう。本来は五年生が主導して進めるはずなのだ。
私たちも彼らを無視して動いていたし、あまり干渉するのも良くないだろう。
「野営の場所はどこが良いでしょう?」
「フィエルナズサとも話をしたが、ここでというのは無いだろうな。私もそうだが、恐らく彼らも多くは食料は昼食分しか用意していないだろう。」
明日の朝はすぐに王都に着く距離にないと、体力的に厳しいだろうことが予想される。私にも、冬の野宿がどれほど体力を使うかは分からないが、毛布の用意もしていないのでは、相当に消耗するのではないかと思われる。
「明日の朝時点で、何人かは動けなくなっていることを想定するべきですね。」
何人か、とはいったものの、それがどれくらいになるのかは全く分からない。半数が動け無くなれば、身動きが取れなくなってしまう。
最悪の場合は救援要請に王都まで走ることになるだろう。そうなった場合、成績がどうなってしまうのかあまり考えたくない。
だが、それを口にするとザクスネロに笑われてしまった。
「成績の心配をしていられるとは、随分と余裕なものだ。これが準備の差というものか。〝まんまる〟とか言って済まなかった。本当に反省している。」
突然、真面目な顔で謝罪されてしまった。私は別にそんなことを気にしてなどいなかったし、今後、同じ間違いをしなければ良いのではないだろうか。
適当な雑談を交わしながら周囲の見張りを続けていると、五年生数人がこちらにやってきた。魔物の回収が終わったのだろうか?
「こんなところで昼寝とは、随分なご身分だな。」
私たちの目の前で馬を止めると、不機嫌丸出しで五年生首席が吐き捨てるように言う。
「そんなことを言うためにわざわざ来たのですか?」
「魔物の回収は終わった。王都に帰る。今度は文句を言わさんぞ。」
「まだ、焼却が終わっていないようですが?」
積み上げられた魔物の死体は、黒と白の混じる煙を上げている。灰となるのはまだ先だし、炭と化すまででももう少し時間がかかるだろう。
「焼き終わるまでの時間に魔物退治の報告内容をまとめて、みんなで確認した方が良いのではありませんか?」
私とザクスネロの二人で指摘すると、五年生たちは不愉快そうに舌打ちをして戻っていった。
「貴方たちも合流してください。もう、十分休んだでしょう。」
五年生の後ろからついてきた先生に言われたのならば、そうするしかない。魔物退治の報告は個別にではなく全体で行うのだから、私たちの分もきちんと伝えねばならない。
「ハネシテゼ様、フィエル、起きてください。ジョノミディス様も。」
「どれくらい寝ていた?」
「一時間足らずです。一度、集合せよとのことですので、行きましょう。」
簡単に説明すると、三人とも立ち上がり大きく伸びをする。本隊の方へ歩いていると、彼らも整列を始めた。五年生首席も列に並んでいるところをみると、先生主導の動きなのだろう。
急ぎ戻り、列に加わると、先生の話が始まった。
「予定時刻を二時間以上過ぎていますが、未だ、魔物退治の後処理が終わっていません。ノズウォッカ・デュオナール、原因を説明しなさい。」
先生に指名されて、五年生首席が前へとでて説明を始める。
「森での演習を終えたところ、二年生首席に無理難題を要求されました。まがりなりにも爵位を持つお方ですから逆らうわけにもいかず、このような事態となってしまいました。」
よく恥ずかしげもなく他人の所為にできるものだ。彼は自分がしたことをまだ分かっていないのだろうか。
「ハネシテゼ・デォフナハ。貴方は魔物退治の経験がおありなのでしょう? 別行動をとるのではなく、主導的に振る舞っても良かったのではありませんか?」
「申し訳ございません。上級生の顔を潰すようなことをするのは控えた方が良いかと思っていました。倒した魔物を放置してくるのは想定外でした。」
五年生にもなって、魔物を焼くことを知らないはずがないだろう。彼らだって、去年までは焼いていたのではないのだろうか。今年になってから焼かないという選択になるとは、普通は思わないだろう。
色々言いたいことはあるのだが、勝手に口を開くわけにはいかない。手を挙げようかと思っていたら、既にジョノミディスが挙手していたらしく、先生から指名された。
「先生、今後を考えると、ここであまり時間を潰したくありません。」
「そうはいっても、それが終わるまでまだ時間がかかるであろう。焼くよう強く言ったのは貴方たちだろう?」
「そうではなく、火を追加したいと思います。」
「私もジョノミディス様に賛成です。みんなで交代で火魔法を放れば、かなりの時間短縮になるでしょう。」
挙手もせずに賛成の意を述べるとジロリと睨まれたが、それ以上の咎めはなかった。「やってみせよ」と促され、私たちは煙を上げる死体へと向かう。
「どんどん燃やしてしまいましょう。フィエルは周囲に水をお願いできますか?」
「分かっている。」
私が火魔法を放つ横で、フィエルは森の方に向けて水を撒き散らす。火力を上げる場合は、延焼防止のために水を撒くのは必須だろう。
ジョノミディスとハネシテゼも水撒きに参加し、ザクスネロは火を追加する。
「みなさん、少し離れてください。一気にいきます」
ハネシテゼが離れろと言うときは、思い切り逃げた方が良い。おそらく、想像の数倍の炎が吹き荒れることになる。
戸惑うジョノミディスとザクスネロを引っ張って走り、十分な距離をとるのを待ってからハネシテゼの魔法が放たれた。