052 合同演習(5)

「デォフナハはともかく、貴方あなたがたは随分と手慣れているようですね。」

魔物に火を放ち、周囲の死体を集めて煙を噴き上げる山に放り投げていると、それまで黙って見ていた先生が声をかけてきた。

「僕も今年から魔物退治に参加していますので、どのように進めて、どのように終わらせるのかは理解しているつもりです。」

ジョノミディスの返答に、自分も同様だとザクスネロも頷く。

ハネシテゼがやたら派手に進めるというのは別として、概念的には魔物退治の進め方は同じということだ。戦いやすい場所を選ぶのも、そこに誘き出すのも、複数人で連携して戦うのも、事後処理として死体を灰にするのも、それ自体に変わりはないらしい。

「公爵家の長子が自ら魔物の死体を運ぶとは思いませんでした。」

「それは私もそんなことをすることになるとは思っていませんでした。ですが、下人がいないからと魔物を放置する方がありえないでしょう。それに、他のみんなが文句ひとつ言わずにやっているのに、私一人が不服を唱えるわけにもいかない。」

ジョノミディスは、そういうところはかなり真面目だ。内心はどうなのか分からないが、やるべきことと認識したら、身分などを厭わず自ら動く。

うずたかく積み上げられていく死体の山に追加で火を放っていると、集合場所の方から声が聞こえてくる。

どうやら、近くの魔物を回収してきた者が戻ってきているようだ。盛大に煙が上がっているのを見てだろうか、一人こちらにやってくる。名前は覚えていないが、二年生の子爵の子だ。

「魔物の死体はこちらまで運んだ方がよろしいでしょうか?」

「焼くのは向こうで構いませんよ。森に火が飛ばぬよう気を付けてくださいね」

「念のため、森の手前に水を撒いておくと良いですよ」

「まとめて焼いた方が効率が良いので、火を放つのは他の方が戻ってからで良いのではありませんか?」

私たちが気を付けるべきことを伝えてやると、子爵子息は仲間たちのところに戻っていく。

「あとで見てあげた方が良さそうですね。魔物を焼いていて森林火災になったのでは本末転倒です。」

「向こうにも先生はいるだろう。そこまで心配しなくても良くはないか?」

わたしは心配するも、フィエルはそれは不要だと言う。だが、先生は私たちには何も指導してくれていないではないか。せいぜいが「そこにも転がっています」と見落とした魔物を見つけて教えてくれるだけだ。

そう思いながら振り向くと先生は苦笑しながら「単に出る幕がないだけです」と首を横に振る。

「間違っていることや抜けていることがあれば指摘いたしますし、できないことがあれば指導も手助けもいたします。」

つまり、私たちは何の問題もなく、魔物退治に必要なすべての処置をしているということだ。

魔物の死体を一通りすべて集めると、五人で一斉に炎の魔法を放って一気に焼いていく。さらに死体の山を旋風で包み込んでやれば、一気に炎が吹き上がり勢いよく燃える。

私とザクスネロが炎と風を担当しているうちに、フィエルとジョノミディスは森の方に水を撒き散らして延焼対策をすすめる。ハネシテゼは私たちの魔法の確認と、周囲の警戒を担当している。

魔法で炎を追加しながら焼いていれば、一時間もせずに死体の山は骨と灰になる。燻り白煙を漂わせているところに水魔法を撒いて消火してやれば魔物退治の一連の作業は完了だ。

「何がどれくらいだか覚えていますか?」

「先ほど、書き記しておきました。小さいのが多いので、今回は全部で一千ほどですね」

「正確な数は分からぬのか?」

「無理ですよ。それに細かな虫は一々数える必要はありません。魔獣が二百八十で、大きめの魔虫が二百程です。」

問題となるのは、ある程度大きな魔物だ。具体的には拳よりも大きなものが対象で、指先ほどの小さな虫など数えていたらきりがない。

「向こうも焼き始めたようですし、戻りましょう。」

言われて見てみると、煙が昇ってる周囲に十数人ほどがいるようだ。五人で鎮火を指差し確認してから馬に乗って集合場所の方へ戻る。

「薪を集めてきた方が良いんじゃないか?」

「ですが鉈は持ってきていません」

戻ってみると、魔物の死体の周囲で、どうやって焼くのかと話をしていた。魔法を放ってみたが、灰にするには至らず、困っていたようだ。

「薪は要らぬ。中央に穴を開けて周囲に死体を詰み、穴に魔法で火を入れればいいのだ。」

おそらく、それが一般的なやり方なのだろう。ザクスネロが死体の積み方を指示して真ん中に火球を放り込む。交代で順番に火の魔法を放ってやれば、魔物の死体は嫌な臭いを出して黒い煙を上げはじめる。

私たちは無造作に積み上げて火の帯の魔法で無理矢理中に炎を送り込んでいるが、あれはハネシテゼ特有のやり方のようだ。出しゃばって指示しなくてよかった。

「こういうときにも、魔法の制御が必要になるのですね。」

ザクスネロのやり方を見て子爵令嬢がそう口にするが、普通はこんな反応をするものなのだろう。だが、魔力が少ない中級、下級の貴族の方が魔力の制御を頑張る必要があるのではないだろうか。

死体の山の上に火球をぶつけても、あまり意味が無い。確かに表面は焼け焦げるし、致死級の大火傷を負わせることもできるだろうが、死体を灰にするには全く足りない。

効率よく焼却作業を行わないと、死体が燃え尽きるよりも先に魔力の方が尽きてしまうだろう。

勢いよく煙が上がれば、しばらく待つだけだ。火を追加するのは、魔物が追加されてからでも良いだろう。

「火はわたしたちが見ていますので、あなたたちは回収に行っても大丈夫ですよ。」

ハネシテゼは容赦がない。もう、十分休んだだろうと、狼狽えている子たちを森へと追いやってしまう。時々振り返りながらも仕方なさそうに森へと向かう者たちを見送ると、私たちは遅めの昼食を摂る。

魔物を焼いている周辺はとても臭いので、食事をするのは避けたかったのだが仕方があるまい。馬にも水を与え、草の残っているところで好きに食ませてやる。

魔法で生み出した水で手や顔を洗い、背中鞄からパンを取り出して口へと運ぶ。昼食用は二個だ。念のためにもう二個用意しておいたので夕食は何とかなるが、明日の朝食はない。

「野営する場所も考えなければなりませんね。私は今日の夕食までしか持ってきていないのです。」

「夕食はあるのか?」

「そなたは夕食も用意していないのか?」

私が呟くと、ザクスネロは驚いたように言うが、むしろそれに驚く。ハネシテゼもジョノミディスも、もちろんフィエルも食べ物は少し余裕を持って多めに持ってきている。

「少々魔物退治を甘く見すぎではありませんか?」

「今まで、予定がそう大きく崩れたことなど無かったからな……」

こればかりは経験の差だろう。夜には帰れるつもりだったのが一晩明かすことになったり、一晩で済むはずが二泊することになったりすることはある。

「さっきの魔猪、焼かずにおいた方が良かったですね。美味しくはないのですが、何も食べ物がないよりはマシでしょう……」

私は疑いもなく黒焦げにしてしまったが、ハネシテゼ曰く、魔猪の肉は食べられるらしい。魔物を食べると聞いて、ザクスネロは「あれを食べるのか」と渋面を作るが、空腹を我慢するのもつらいと思う。

「食事や野営場所のことは考えなければならないですが、一度休憩しましょう。体力が尽きてしまっては話になりません」

ハネシテゼに促されて、私も一緒に枯草に腰を下ろす。

風は冷たいが、悪臭を吹き飛ばしてくれるのはありがたい。足を伸ばして空を見上げるのも気持ちが良いものだ。

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