049 合同演習(2)

魔力を撒けば、周辺から魔物が集まってくる。

小型の虫やネズミやトカゲのような獣、種類を数え上げるのも面倒なくらい集まってきたところに雷光の魔法を放つ。

最初はハネシテゼが見本として使って見せるが、二十以上の雷光を同時に放つのを見ても参考にならない。何度見たところで、到底、真似できることではない。

「一年か二年頑張ればあれくらいできるようになります。最初は一本の雷光を飛ばすだけでも大変ですわ。」

ゆっくりと分かりやすいように魔力を制御して、真っ直ぐ一本の雷光を飛ばして見せてやる。一本だけでもしっかりと狙いを定めればまとめて数匹を倒すことはできるし、有用性は分かるだろう。

「効果範囲はかなり狭いタイプの魔法なのですね。」

「その代わりに威力が高いですし、慣れれば雷光の走らせ方も制御できるようになるので、とても便利なのです。」

炎の魔法は範囲内の敵を焼くことができるが、使い方を誤れば周辺に火が飛び散って大変なことになりかねない。水辺なら気にせずに使えるが、作物を育てている畑の中で使うわけにはいかない。

雷光の魔法は、炎の魔法と違って野菜や穀物も丸ごと灰にしてしまう危険性がなく、それでいて殺傷能力が高い。この魔法に慣れてしまうと、他の魔法はほとんど使わなくなってしまうくらいだ。

「難しいな……」

「すぐそこの敵にまで届かぬとは……」

ジョノミディスもザクスネロも見本の通りに、と魔法を使ってみるが、パチンと小さな火花が飛ぶだけだった。これは私もフィエルも通った道だし、頑張って練習していくしかない。

雷光の魔法は、火球の魔法などよりも、一発あたりの魔力消費量が少なく、そして細かな制御が要求される。

見本も兼ねて、私たちは集まってくる魔物を退治しながら道を進んでいく。道端には魔物の死骸が並ぶことになるが、とりあえず気にしないことにする。帰りにでもみんなで燃やせば良いだろうということだ。

途中で二度の休憩をとり、四時間ほども行けば目的地に着く。オレーヌザ丘陵は湖に草原、森林と変化と起伏に富んだ地域だ。

こちらの方へとくる街道は細く、人の往来はあまりないと聞く。その分だけ、魔物退治には力が入れられていないため、かなりの数の魔物が森や草叢くさむらの奥に潜んでいるらしい。

「誘き出して一網打尽にしてしまえば良いのです。」

ハネシテゼはポツリと本音を漏らすが、それでは演習にならない。ハネシテゼ一人で全て片付いてしまうだろう。

「あのような藪に無闇に近づいてはならない。隠れて襲う機会を狙っている魔物は必ずいると考えるように。このように石を投げて確認するのだ。」

休憩の際に集めていたのか、上級生の一人が説明しながら藪に向けた石を放る。すると、本当に小型の魔物が走り出てきて二年生からのあちこちから声が上がる。

小型の魔獣が三匹程度ならば、苦労することもない。槍を持った五年生が難なく仕留めてそれで終わりだ。

「それでは、森の中に入って行こうか。」

そう言って、五年生は馬を進めていくが本当に大丈夫なのだろうか? ハネシテゼも困ったような顔で見ていたが、何を思ったのか突然馬を返して集団から離れていく。

「私たちは、あちらへ行きましょう。」

ハネシテゼは草原の先にある別の森を指して言うが、そんな勝手なことをして良いのだろうか? そう聞いてみるとハネシテゼは笑顔で頷いた。

「五年生も先生もいるのだから、私たちがいなくても彼らは大丈夫でしょう。」

どうやら、ハネシテゼは自分が危険な行動を取ろうとしているとは全く認識していないらしい。「行きますよ」とさっさと馬を進めてしまう。

そうなれば、私たちはついていくしかない。今日は護衛の騎士はいないが、私とフィエルは魔物退治に行った経験があるし、ジョノミディスとザクスネロも夏の間に何度も同行したという。

ハネシテゼに至っては日常の仕事として行なっているし、未経験者はいない。何より、森の中に入らなければ、不測の事態が起きることもないだろう。

「では、誰がやりますか?」

「何をだい?」

ハネシテゼは森の手前で馬を止めると振り返って聞いてくるが、ジョノミディスとザクスネロには何のことだか分かっていないようだ。

「魔力を撒いて森の中の魔物を誘き出すのです。森の中は見通しも悪く、動きの制限が大きいので不利になってしまいます。誘き出して叩いた方が危険は少ないでしょう。」

フィエルが説明すると、二人も得心がいった様子で大きく頷いた。その流れのまま、フィエルが魔力の玉を森に向かって投げる。

と、すぐに反応があった。何の鳴き声だか分からないが、キーキー、ガーガーと喚きながら近づいてくるものが多数ある。

「ジョノミディス様とザクスネロ様は少し下がって、森以外から来る敵がないか気をつけてください。迎撃はティアリッテ様でよろしいでしょうか?」

そのつもりで準備はできている。私だって時間さえかければ、七、八程度の雷光は放てる。茂みや藪から飛び出してきた魔物たちをギリギリまで引き付けてから魔力を解き放つ。

そのやり方を知らないジョノミディスやザクスネロは焦ったような声を上げるが、ハネシテゼもフィエルも全く動じはしない。

地を駆けてきた魔物たちは雷光に貫かれて一様に倒れた地面を転がる。五十以上もの魔物が一瞬にして死体と化しジョノミディスたちは驚きの声を上げるが、これくらいはまだ驚くほどのことでもない。

続いてフィエルも雷光の魔法をばら撒き、魔物の死体はさらに増える。そこにハネシテゼがさらに魔力を撒くのだから、森から出てくる魔物の勢いは増すばかりだ。

それでも、距離を十分に取っていることと、魔物の死体が障害物となって魔物の走る速さが遅くなっていることもあり、私とフィエルの放つ雷光の魔法だけで対処できている。

だが、正面の森以外から魔物が近づいてきたならばその限りではない。

「む、あれは魔猪か? 草の陰で見えづらいが、二頭来ているな。」

「ジョノミディス様、そちらはお任せしてしまって大丈夫ですか?」

「ああ、分かった。」

私は悠長に振り返って確認するわけにはいかないが、距離はまだあるらしく、強力な魔法を使うための時間はあるということだ。

「十分に引きつけて、急所を狙ってください。あの程度の魔物ならば一撃で仕留められます。」

「やってみる。」

ハネシテゼのアドバイスがあり、そちらの方は少し待ちになる。その間も、森からは次から次へと魔物が涌いて出てくる。

「一体、どれだけの魔物がいるのだ?」

「この辺り一帯で、最も魔物の気配が濃いのがあの森です。一掃するつもりでやりましょうか。」

「小型の魔物ばかりとはいえ、既に五百以上を狩っていますよ。」

「小型は残り少ないです。それよりも大きいのが出てくる頃合いですので気を引き締めてください。」

そんな話をしている間に、ジョノミディスの魔法が敵を撃つ派手な音が聞こえてきた。

「そちらは問題なさそうですね。」

「ああ、きちんと仕留められて良かった。」

ちらりと見てみれば、割とすぐ近くに喉から首を貫かれた魔猪が二頭横たわっていた。周囲が濡れているところから水の魔法を使ったのだと思われる。

そして、ハネシテゼの言っていたように、正面からは大きめの魔物が姿を現した。赤茶けた図体は馬ほどの大きさ、頭頂部あたりから生えたツノが正面を向くように曲がって伸びている。

「赤銅熊、だと思います。」

断定形ではないハネシテゼは珍しい。かの魔物の見た目は、書物で読んだことのある魔物に近いらしい。

「あのツノが、杖の材料になるのですよ。」

そう教えられると、俄然、やる気が出てきた。

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