048 合同演習(1)
二日目から始まった講義は、特に難しいものではない。
座学は一年生のときの続きだ。算術は桁の大きい数字を素早く計算する演習が主で、地理は各地方・領地の特産品についてと、各地の簡単な歴史を学ぶ。
帳簿を見るのにも算術は必要なのでなんの問題もない。夏の間に覚えきれなかった歴史について頑張って覚えればそれで済む。
だが、ハネシテゼは何故か古代語の資料を私たちの前に並べたのだ。
バランキル王国は建国して三千年ほどになる。その当時の言葉は現代とはかなり違っていて、古代語として学ぶことになっている。だが、それは三年生からのはずだ。
「今から勉強しておかねば間に合いませんよ。夏は畑と魔物退治で忙しいですからね。いまのうちにできる勉強はしておかないと、成績が大変なことになってしまいます。」
なんと、ハネシテゼは去年もそうして翌年のための勉強をしていたらしい。夕食後、寝るまでを勉強時間に充てるのは学院寮の生活だけではなく、夏の間もずっと続けることだという。
朝から晩まで、文字通り勉強と訓練に明け暮れていると、段々気分が落ち着かなくなってくる。些細なことでイライラしたり、落ち込んだりしていると側仕えからも「少しお休みください」と諫められてしまった。
「休養とは違いますが気分転換ができれば随分と違うのですよ。明後日は初の上級生と合同演習がございますし、それに向けて準備をすると良いのではありませんか?」
ハネシテゼに休養や休暇について聞いてみたら、変な風に誤魔化された。もしかして、ハネシテゼは毎日休まずにずっと続けているのではないだろうか。
だが、取り敢えずはアドバイスに従っておくことにした。合同演習の日は朝食の時間も早い。普段の朝食が始まる時間には集合して、夕食に間に合うギリギリで帰ってくるのが通常だという。
魔物退治の演習なのだから、当然、武器の類を持っていくし、薬の用意もしておいた方が良い。昼食は野外で摂ることになるのでその準備も必要だ。もっとも重要なのは、大人の側仕えや護衛の騎士は同行しないということだ。
自分の荷物は自分で持たねばならないし、自分を守るための剣は自分で振るわなければならない。
机の上に持って行くものをあれやこれやと並べてみるが、どう考えても背中鞄の中に入りきらない。
「野宿は前提ではないのですから、鍋や大きめの食器は不要でしょう。毛布も要らないのではありませんか?」
側仕えと騎士たちが「これは不要」と選り分けていってしまうが、私が用意したものは魔物退治に行ったときに無くて不便だったものや、騎士に持ってもらったような物ばかりだ。
「清潔な布は、怪我をした時になくてはなりません。」
「布はその場で洗うことをお考え下さい。」
「スープを飲むのに器は必要ではありませんか。」
「昼食だけなのですから、パンだけで我慢してくださいませ。」
そんな感じである。だが、そんな側仕えたちの努力あって、私の荷物は背中鞄に余裕を持って収まることになった。
少々、時間を無駄にしてしまった感はあるが、良い気分転換にはなったと思う。合同演習の当日は早めの朝食を摂ると、魔物退治用の服に着替えて荷物を背負い、腰に毛布を巻きつけてその上から紐で縛って固定する。その上からマントを羽織れば支度は完了だ。
「ティアリッテ、なんか丸くなってるぞ。」
集合場所に着くと、先に来ていたザクスネロに笑われてしまった。確かにもこもこと膨れ上がっているが、笑うほどではないと私は思う。
だが、周囲を見回してみると、みんな随分と身軽な格好をしている。あれでは寒くて大変だと思うのだが、平気なのだろうか?
そう思っていたら、なんだか丸くなったフィエルがやってきた。この双子の弟は私とは性格がかなり違うが、考えることは一緒だったようで少し安心した。ザクスネロが私たちを見て「まん丸姉弟」と笑うが、それもハネシテゼとジョノミディスがやってくるまでだった。
二人とも、明らかに丸くなっている。特にハネシテゼなんて、背丈が低い分丸さが際立っている。
「そ、そんなに必要なのですか……?」
最初は笑っていたザクスネロだったが、班の中で自分一人が軽装ということで急に狼狽えはじめる。もこもこになっているのは上級生を含めても私たち四人だけで、他の人たちはみんなすらりと動きやすそうな恰好なのだが。
「そろそろ時間ですよ。整列しましょう。」
ハネシテゼはいつも時間ぎりぎりにやってくる。他の子にも声を掛けながら整列していると先生たちも集まってくる。
「本日は北方のオレーヌザ丘陵へ向かう。二年生は慣れぬだろうがしっかりとついてくるように。」
それから簡単な道筋の説明があり、早々に出発する。馬に跨り、五年生から順に出発していく。私たちもハネシテゼを先頭に五年生の後ろに列をなしてついていく。
だがそれも街の門を出るまでだ。学院は王都の端に位置しており、学院の門を出るとすぐ目の前が街の西門になっている。
予め手続きは済ませてあるのだろう。素通りで街の外に出ると、街道から畦道に入り北東へと進んでいく。
五年生が折れて行くところで私たち五人は街道に留まり、後ろの二年生の集団を先に行かせる。
「何をしている?」
「殿が必要かと思いまして。」
最後尾をやってきた先生に、ハネシテゼは白々しい返事をする。大義名分こそ脱落者がないように最後尾を守る、ということなのだが、本当に大義名分に過ぎない。
本当の目的は、途中の道すがら、魔力を撒いていくためだ。早めにジョノミディスとザクスネロに見本を見せて、彼らにも練習する時間を作らねばならない。
エーギノミーアにはわざわざ滞留してまで色々教えてもらったのだから、私たちもここで手伝うことは吝かではない。
ハネシテゼは魔法で水を生み出し、そこに魔力を詰め込んで撒き散らしてみせるが、いきなりそれは難易度がかなり高い。「やってみてください」なんていうが、馬上でそんなことができるのはハネシテゼくらいだろう。
「そのやり方は、失敗したらずぶ濡れになってしまいます。最初は二人でやった方が良いのですよ。」
私はフィエルの右側に馬を並べて、左手を横へと伸ばす。そこにフィエルが水魔法を使い、私は水に魔力を詰め込む。こうすれば、失敗しても二人の間に水が落ちるだけだ。
ある程度魔力を詰め込んでしまえば、横の畑に適当に撒き散らしてしまえば良いだけだ。
「なるほど。まず、水の魔法の練習をした方が良さそうだな。」
「ああ、間違ってぶつけられたらかなわぬ。」
とりあえず最初は畑の方に手を伸ばして水魔法を使うところから始まった。だが、それもこの二人ならそう時間は掛からない。三、四回も試せばだいたい感覚は掴めたようで、私たちの見本に倣い、馬を並べて互いに腕を伸ばす。
「どちらからやる?」
「二人とも腕輪をつけているのは右手なのですから、左側にいる方が水の魔法なのではありませんか?」
水に魔力を詰め込むのに腕輪はいらないが、魔法を使うには腕輪は必要だ。右手を左に伸ばして魔法を使うのは苦しいだろう。
ザクスネロは予め左手に魔力を集中させ、ジョノミディスの生み出した水の玉に一気に詰め込む。仄かに赤く輝く水の玉は、ザクスネロの手の動きに従って、彼の右側に動いていき、弾け散った。
三度ほどやってみると、位置を入れ替えて今度はザクスネロが水魔法を担当し、ジョノミディスが魔力を撒く。
そうしていると、当然、魔物が周囲から集まってきた。それを狩り尽くすのも今回二人に見せることの一つだ。