047 作戦会議
「野菜の収穫量は増えたのだろう? それで、禁じられたとはどういうことだ?」
ジョノミディスたちからしてみれば、話の流れがまったく分からないだろう。収穫量を増やせることが分かったのだから、どんどん増やしていけば良いはず、と考えるの私だって同じだ。
「私たちの畑は、周囲と比較にならないほどに収穫量を上げてしまったのだ。それが平民の中に格差をつくり争いを引き起こす。そういう理由だ。」
「それを公爵閣下がおっしゃったのですか?」
フィエルの説明に、ハネシテゼは信じられないとばかりに首を振る。ジョノミディスもザクスネロも言っている意味がよく分からないとばかりに首を傾げているのだが、ハネシテゼはあれで理解できたのだろうか。
「局所的かつ一時的な格差はできますが、そんなものはいくらでも対処のしようがあるでしょう。」
呆れたように言うハネシテゼによると、そのような歪みへの対処は領主の仕事らしい。領地として何かを新しく始めれば必ず何らかの歪みは発生し、その対処こそが領主の手腕が問われるところなのだそうだ。
「それを放棄してしまうとは、エーギノミーア公は本当に改革するつもりがあるのでしょうか?」
「……やはり、そう見えるものなのか?」
「どういう意味ですか?」
表情を歪めるフィエルに、ハネシテゼが問いかける。
私も以前、ハネシテゼと同じことを直接父に問うたことがある。あの時は返答をもらえなかったが、フィエルには何と言ったのだろう?
「性急にことを運ぼうとすると仕損じると言われました。焦ってやろうとしても受け入れられない者もいる。理解を得ながら進めなければならないと。」
「そんな余裕、あるんですか? 本当に、今年の冬は大丈夫なのですか? 餓死者が続出したりしなければいいのですけれど。」
そう言われると、背筋が凍りつくようだ。数字の上では冬は越えられるはずなのだが、その後に関しては楽観的な予測でしかない。なにか計算を間違っていれば、大変な事態になるだろう。
「つまり、ハネシテゼ様の手法は間違いなく実践可能で結果も出せた、ということで良いのだな?」
「はい、それに関しては間違いありません。」
「そして、変化を嫌う者たちをどうにかする必要がある、と。」
ザクスネロが端的にまとめ、私とフィエルは大きく頷いた。そして、後者についてがハネシテゼに相談したいことだ。ジョノミディスとザクスネロにも決して人ごとではないはずだ。
「平民の間での争いを避けたいならば、税率を調整すれば良いだけなのです。ですが、それはそれでとても大きな変化なので、そちらの方が難しいかもしれません。」
その他にもやり方は色々ある。デォフナハでも格差は生じており、その不満を埋めるために色々とやってみているらしい。
「農民から畑を取り上げる、というやり方もあります。収穫した作物は全て私の物となる畑があります。下働きの者たちと同じように給金を支払って、畑の作業をさせるのです。」
収穫が良くても給金は上がらないが、逆に不作でも給金は下がらないそのやり方は、嫌がる農民もいるし、好む者もいる。給金をどれくらいに設定するのかは難しい問題らしい。
管理する畑を増やすのが難しいという欠点もあり、デォフナハでは、実験的な施策を行うという位置づけのほんの一部の畑だけをその形態で運営しているらしい。
「基本的には、魔物退治に手を尽くすことで、不満は最小限に抑えられていると思っています。徹底的に魔物退治をしていれば、それだけでも畑は豊かになるものですから。」
さらに、魔力を撒く地域の農民には道路工事や治水工事に参加させたり、育てるのが難しい作物を植えさせるなど、『いいことばかりではない』という印象を与えることもしているという。
「農民相手にそこまで気を遣わねばならぬのか?」
「ザクスネロ、それは違うな。不作が続いているのは農民が怠けているからではあるまい。必死に頑張っても報われない中、隣を見ると領主の子息がやってきて、豊かな実りを見せていたら一体どう思うだろう?」
ジョノミディスの反論に、ザクスネロは顎に手を当てて考え込む。だが、これは私にはもう分かり切ったことだ。
『何故、自分には手を差し伸べてくれないのか。』
普通はそう不満に思うだろう。
図らずも父に手を引っ込められてしまい、その辛さ苦しさを身に染みて理解することになってしまった。頑張っていればいるほど強まる思いが変な方向に向かえば、血を見る争いになることも理解できる。
「平民への対応に、先に差をつけるのはこちらなのですから、相応の気遣いは必要ですよ。彼らが全力で心置きなく農作業に取り組めるように領地運営をするのです。」
ハネシテゼの意見に私たちは大きく頷く。
「非常に参考になりました。ご助言、大変ありがとうございます。」
「いいえ、おそらく、それだけでは足りません。」
私が礼を述べると、ハネシテゼは変な否定の仕方をする。他にもまだ施策を用意しなければならないのか。
「兄弟総出、騎士や文官も加えて数十人で一気に魔力を撒いていくことをお勧めします。そうでなければ、一年で必要な収穫量に達すること自体が難しいと思います。」
「兄たちは魔物退治の仕事が……」
「でも、私は一人で畑の管理と魔物退治をしていますよ?」
ハネシテゼの言葉に私は慌てて口を押える。言われなくてもそうだった。いくらエーギノミーアの方が広いと言っても、私たちは六人兄弟だ。さすがに五歳の弟では厳しかろうが、五人で担当地域を分けてやればできないはずがない。
「僕は兄弟も従兄弟も下ばかりだ。叔父叔母の説得には骨が折れそうだな。」
「それは大変でございますね。私は兄も姉も未成年ですし年齢の近い従兄弟も多いので、人手という意味では比較的楽ですね。」
ジョノミディスは当主の長子だが、だからこそ逆にやりづらい部分もあるようだ。その一方、ザクスネロの方は兄弟仲も良いようで、兄弟協力してやっていけるだろうと語る。
「それと、ご兄弟が学院にいるならば、冬の間に魔力の扱い方は覚えてもらった方が良いです。春になってからでは、種播きの時期に間に合いません。」
ハネシテゼの意見は次から次へと出てくる。さらには、自分用の杖を用意した方が良いというのだが、あれはとても高価だと聞いている。とても用意できるものではないだろう。
「自分で作ればいいのです。質を問わなければ、割と簡単に作れますよ。私が今使っている杖は五番目に作ったものです。」
衝撃の事実である。
金貨百枚以上もするものを自分で作れると聞いたら、兄たちは絶対に教えろと詰め寄ってくるだろう。
「作るといっても、材料はどうするのだ? 材料も高価なのではないのか?」
「材料ならばそこらで採れますよ?」
「それで何故金貨百枚になるのだ⁉」
こんなやり取りは、久しぶりだ。一年前もこんな調子でハネシテゼの言うことに混乱させられていた。相も変わらないハネシテゼに、思わず笑みが零れてしまう。
「狩で外に出る機会もあるでしょう。そのときに材料を集めて作りましょう。上手くいけば、腕輪よりも楽に魔法を扱える杖ができますよ。」
それはとても魅力的に聞こえた。先日の魔物退治の遠征では母の杖を借りて使ったが、腕輪との効率の違いに驚いたものだ。上級生と合同の魔物退治演習がとても待ち遠しいものになる。