043 終わりの見えない旅路
岩がゴツゴツした斜面を登ってくる青鬼の数は多い。私たちの手が回らない相手は、騎士たちが爆炎の魔法で吹き飛ばす。大した痛手は与えられないようで、転がり落ちて行った青鬼は立ち上がると再び登ってくる。
それでも落ち着いて集中できる時間を稼いでくれるだけマシだ。私とフィエルだけならば、数に押されて負けてしまうだろう。
黄豹の方は、上ってきた斜面の方に隠れている。この程度相手ならば私たちでも倒せるし、黄豹ならば蹴散らせると思うのだが何故だろう? いくら数が多いとはいえ、こいつらは足が遅い。黄豹ならば囲まれる前に退くことだってできるだろう。
「敵に戦力を誤認させる作戦なのかもしれません。黄豹が姿を見せた瞬間に敵が逃げ帰って、自分たちに有利なところで待ち構えでもされたら面倒です。」
「麓と同じく、とにかく敵の数を減らすことを考えていれば良いかと思われます。」
騎士たちは自分たちが取り得る作戦と照らし合わせて意見してくれる。私もフィエルも、まだ魔物退治をしていく上での作戦指揮の執り方については教わっていない。
現場で一つひとつ教えてもらいながら、全力で事に当たっていく。ハネシテゼ様はそうしてきたと言うし、私たちも頑張っていくしかない。
だが、それにしても敵の数が多すぎる。一体、何回魔法を放ったのだろう。斜面に転がる魔物の数は一体幾つになったのだろう。
二時間ほども魔法を撃ち続けていれば、魔力も体力も消耗する。まだ、底を突くというほどではないが、斜面を登ってくる魔物はまだいる。次から次へと、いったいどれだけの魔物が出てくるのだろう?
「お二人とも、一度退がってお休みください。」
「しかし、魔物はまだまだいます。」
「だからこそ一度お休みください。倒せはしなくても、奴らを突き落とすくらいならば私たちにでもできます。」
休憩とは余裕があるうちに取っておくもので、体力が尽きてしまってからでは遅いのだと叱られては、従うしかない。
手ごろな岩に腰かけていると、前の方では騎士が四人横並びに槍を構えている。端から順番に爆炎の魔法を放っていき、正面から登ってきた相手には四人の槍が同時に襲い掛かる。
魔物の体表を覆う鱗は固く、槍で傷つけるのは難しいことが分かっているが、それでも四人の同時攻撃を受けて平然と立っていることはできない。魔物はバランスを崩し、その体は宙に浮き、そして斜面を転げ落ちる。
騎士たちの連携は見事なものだ。時間稼ぎしかできないと言うが、休む時間を稼いでくれるのはとてもありがたい。
数分休んで、私たちも再び前に出る。あまり美味しくもないパンをほんの少し食べただけだが、それでも食べればその分元気が出る。
フィエルと並んで交互に雷光の魔法を放ち続け、辺りが静かになったのは陽が大きく傾いてからだった。
「やっと終わったか……」
「油断するのはまだ早いですよ、フィエル。」
私も立って歩くのがやっとというくらいに疲労困憊だが、だからこそ魔物たちが息絶えていることを確認しなければならない。
騎士たちと慎重に近づき、私は腰の短剣を抜く。騎士が槍で突いても魔物に反応は無い。口をこじ開けるようにして、私は頭の方から魔物にゆっくりと近づく。そして、その口の中に短剣を突き刺す。
「大丈夫のようですね。」
「これは心臓に悪いぞ、ティア。」
口から刃を突き立てられて、それでも死んだふりを続けるとは考えづらい。二、三の魔物で同じように確認して黄豹のところまで引き上げる。
とにかく疲れた。少し休もうと黄豹に近づくが、黄豹の方は私たちを見ると立ち上がってしまった。どこへ行くのかと思ったが、私たちが休みやすい場所に移動しただけのようだ。再び地面に寝そべる。
尻尾を振り振りしている様子が、まるで「ここに来い」と誘っているかのようだし、遠慮なく私もフィエルも黄豹の脇のあたりのもふもふに埋もれる。
気が付くと辺りは真っ暗で、頭上には星が輝いていた。夕食まで少しだけのつもりだったが、すっかり眠り込んでしまったようだ。
「どちらへ行かれるのですか?」
用を催し立ち上がって少し離れると、騎士に呼び止められた。見張りをしているのは分かるが、このタイミングで声をかけられると少し気まずくて恥ずかしい。
「用を足したいだけです。向こうに……」
「危険です。少し踏み外しただけで坂の下まで転げ落ちてしまいますよ。」
騎士の言うように、あちらにもこちらにも急な坂があったことは記憶している。ええと、どの辺りだっただろうか。確かに、正確に覚えていないと危険かもしれない。とすると、どうしよう? どこで用を足せばいいのだろう?
「あちらでお願いします。隠れるところはございませんが、落ちるよりましです。」
比較的歩きやすい場所を通って、少し離れた所まで案内してくれた。隠れられるような木陰や岩陰など全くないが、恥ずかしがってばかりもいられない。下手に我慢して漏らしてしまう方がよほど恥ずかしいだろう。
騎士は少し離れたところで待っていてくれる。用足しが終わると一緒に黄豹のところに戻る。
「あの後、魔物は襲ってきていないのですか?」
「静かなものです。あれだけの数が死んで、魔物たちも恐れをなしたのでしょうかね。」
すくなくとも二百ほどは倒したはずだし、もっと早くに恐れて逃げ出しても良かったんじゃないかと思う。三時間も四時間も延々と向かってきておきながら、今さら逃げ出したというのはなんとなく腑に落ちない。
「もしかして、あの魔物は焼き払うのも大変なのではありませんか?」
私は大変なことに気付いてしまったかもしれない。
火の魔法がほとんど効かないのならば、焼こうと思っても焼けないのではないだろうか。確認してみると、魔物を焼き払う余力もないため、魔物の死体はそのまま斜面に転がっているという。
「これほどの山奥ならば無理に焼く必要はありません。肉食の獣がやって来ても、麓の村人や家畜に影響はないでしょう。」
黄豹は簡単に登ってきたが、街道からも遠く離れたこんな山の上に人が来ることもない。灰にした方が良いが、そのままにしたら絶対にダメと言うこともないらしい。
「では、朝になったらまた魔物退治なのですね。」
「おそらく、そうなるでしょう。まだ夜は長いですのでティアリッテ様はお休みください。」
「でも、お腹が空いてしまいましたの……」
パンや乾燥野菜を取り出そうと荷物あけてゴソゴソとしているとフィエルも目を覚ました。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや、良い。ティアは今から食事なのか? 私も食べたいな。」
フィエルも夕食も取らずに寝ていたらしい。お腹が空いたと自分の荷物をあける。二人分のパンと乾燥野菜を騎士の差し出してきた鍋に入れると、水と火は魔法で用意する。
湯気が立つ粥を器に取り分けて、スプーンで口へと運ぶ。何度食べても美味しくはないが、寒い夜に食べると身体も温まる。
器と鍋を洗い、再び黄豹の脇にもたれかかる。フィエルも用を足してから私の隣で欠伸をする。
「いつまで続くのでしょう?」
「私に聞かないでくれ。もう、一千以上の魔物を倒していると思うのだが、あとどれほどいるのかは見当もつかない。」
黄豹にあれほどの傷を負わせたのがどんな魔物なのかも分からないし、それがどこにいるのかも分かっていない。あと一週間もすれば王都に向けて出発する時期になる。それまでに帰れるのかも分からない。
先が見えないというのが、これほど不安とは思わなかった。
「それでも、先に進むしかありませんね。」
「ああ、今から引き返すなどありえない。」
少なくとも、私は一人じゃない。フィエルもいるし、黄豹も騎士たちもいる。はやく魔物退治を済ませて城に帰ろう。