042 延々と魔物退治
翌日も朝から黄豹とともに南へと向かう。リソズ川に着くと、そこから川沿いに南西へと上流方向へ折れて行った。
途中、何度も不満そうに睨まれて、三日目には馬を下りて全員が黄豹の背に乗って行くことになる。馬たちは宿泊した町を治める小領主に預けておけば、ちゃんと扱ってくれるだろう。
黄豹の移動速度は驚くほど速かった。平地の場合、普通に歩いていて馬の駈歩ほどの速さなのだ。私たちの進みが遅いと不満気な表情もするだろう。
どうやって探しているのか、黄豹は川も渡りやすいところを見つけて越えて、ぐんぐん南へと進んでいく。馬で行けば数日はかかろうかという距離を一日で移動してしまい、夕方には山の麓に到着していた。
私たちは夕食は背負ってきているが、黄豹はどうするのかと思っていたら、森の方を見て何か催促するように足を踏み鳴らす。
「魔力を撒いて魔物を呼び集めれば良いのか?」
「たぶん、そうですね。魔物を狩って食べるつもりなのでしょう。」
桶は馬とともに置いてきてしまったので、フィエルの魔法で生み出した水に、空中でそのまま魔力を詰め込んでやる。そのようなことは初めてやってみたが、意外とできるものだ。
夕暮れに赤く輝く水の玉はとても目立つ。撒き散らす前から山の方から何かが近づいてくる音が聞こえてくる。
「結構来るぞ! はやく放ってしまえ!」
フィエルに言われるまでもない。木々の奥で黒い影が幾つも動いているのは見えている。気合を入れて森の方まで水の玉を飛ばし、周辺に飛散させる。
あたりが暗くなってくると、赤く輝く水飛沫は火が下に向かって火が燃えてるように見えて不思議な光景を作りだす。
だが、そんなものに見とれている暇はない。森の方からは二十ほどの獣が走り出てきた。図体の割にやたらと巨大な口には鋭い歯が並び、側頭部からは太い巻角が伸びている。
私は杖を構えて雷光の魔法を放つと、すぐにフィエルに杖を渡す。交代で杖を使って雷光の魔法を放ってやれば、魔獣の群れを簡単に全滅させることができた。
「リュクヴェをいとも簡単に倒されてしまうとは、恐れ入ったものです。」
「こいつらは鱗が硬く魔法も効きづらいので、若い騎士では倒すのは苦労するものなのですよ。」
騎士たちは称賛の声をかけてくるが、私たちが強いというよりも、ハネシテゼから教わった雷光の魔法の威力が高いだけだろう。騎士たちも、雷光の魔法を覚えればこの程度はできるようになるはずだ
リュクヴェの後からも、ネズミやイタチのような魔獣が次から次へと出てくる。こいつらは本当にどこにでもいるようで、毎回、必ずと言っていいほどしつこく出てくる。
私たちがネズミやイタチを退治している間、黄豹はリュクヴェを食べていた。硬いと言われるウロコも黄豹の牙の前にはむなしく、なにごともなかったかのように食い千切られていく。
ただ、黄豹もウロコは食べたくないのか、もぐもぐとした後に、ぺいっとまとめて吐き出している。
狩りが終わるころには黄豹も食事を終えて、逃げ回る魔獣をバシバシ叩き潰してく。馬車よりも大きい獣に踏みつけられれば、大概の魔物は潰れ死ぬ。私もあれに踏まれたら生きてはいられないだろう。間違って踏まれないよう気を付けなければ。
魔物の死体を集めて焼き払えば、今日の仕事は終わりだ。狩りの場所から少し離れたところで黄豹は丸くなり、私たちも前足のすぐ後ろの脇のところにもたれかかって眠る。
それから三日間は、山の麓で魔物退治を続けることになった。何故そんなことをするのかと疑問に思ったが、騎士たちは敵の数を減らしていくのは大事なことだと教えてくれた。
「今までに退治した魔物、すべてが一度に襲い掛かって来たらどうなさいますか?」
そう問われると返答のしようがない。だから、少し時間をかけてでも確実に魔物の数を減らしていくのは有効な作戦ということは分かった。
そして山の麓に到着して五日目の朝、私たちは黄豹の背に乗せられて山へと入っていった。といっても、私たちは黄豹の背で寝転んでいるだけだ。
小川のところから上り始めたのだが、右に左に折れながら進み、森を掻き分けたり崖の縁を通ったりして気付いたら雲の上に出ていた。
「恐るべき速さだな。」
「山に棲む獣ですから、慣れているのではありませんか?」
騎士たちは上半身を起こして周囲の様子を確認するが、私とフィエルは危ないからずっと横になっているよう言われている。たしかに、横を見ても地面らしきものが見えないというのは不安である。万が一にも黄豹の背から落ちたら山から転げ落ちていってしまうかもしれない。
少し不安になったりもするが、黄豹の足取りはしっかりと安定している。ふわふわと揺れるベッドのようで、眠りそうになってしまう。
「申し訳ございません、眠ってしまうと危険です。」
うとうとしていると肩を叩かれてハッと目覚める。眠っている間についうっかり寝返りをうってしまうのを恐れているらしいが、自分でもしないと言いきれないのだから起こされるのも仕方がないだろう。
だが、そんなことをしているのもそう長くはなかった。黄豹はお昼頃には立ち止まり、すこし広い岩場で体を休める。
私たちが背中から滑り降りると、黄豹は水を要求する。この数日一緒にいて、なんとなくだが黄豹の言いたいことが分かるようになった。ゴロゴロと喉を鳴らして前足の先だけで地面を叩くのは、喉が渇いた時の合図だ。
フィエルが魔法で水の玉を生み出すと、黄豹はぱくりとそれを食べる。さらに私の水の玉も食べると満足そうに頷く。
そうしている間に騎士たちは昼食の準備を進めている。日持ちする硬いパンを乾燥野菜と一緒に鍋で煮て粥にするのだ。とても美味しくないが、騎士たちは普通に食べているし、我慢しなければならないらしい。
食事を終えると、黄豹は魔物退治の時間だと言わんばかりに低い唸り声を上げる。
「気を付けてください。向こうは山の雰囲気が違います。」
「ええ、分かっています。おそらく、魔力が薄いのでしょうね。」
「それだけ魔物が多いということか……」
うんざりする気分だが、私たちは危険な魔物を退治しにきたのだ。片っ端から退治していくのは仕事の範疇だろう。
「それにしても数が多すぎます。普通に考えればこの人数で狩れる数ではありませんよ。だいたい、何故、黄豹は手伝ってくれないのでしょう?」
黄豹が踏み潰す程度にしか魔物退治に参加していないのは、単に体力が回復していないからではないだろうか。傷は驚くべき速さで癒えていっているが、魔力が一向に回復しているように感じられない。
「傷を癒すことを優先しているのではないか? ハネシテゼ様でもできないような魔力の使い方ができるのだろう?」
傷を癒す魔法など聞いたこともないが、もしかしたら黄豹にはできるのかもしれない。フィエルの指摘には素直に頷くことはできないが、絶対にありえないと否定することもできない。
軽く魔力を撒いてみると、やってきたのは以前に見たことのある魔物だった。
「青鬼! ここにもいるのか!」
二足で歩く青い鱗に覆われた魔物は、ハネシテゼは簡単に倒していたが、私たちにもできるだろうか。騎士の刃も魔法もほとんど効かないのは、持ち帰った死体で試して分かり切っている。
私たちがやるしかないのだ。
杖に魔力を集中して、振り下ろすと雷光が数匹の魔物を貫く。杖はすぐにフィエルに渡し、注意深く魔物の動きを観察する。
倒れた四匹は、数秒間ビクビクと痙攣していたが、次第に動かなくなる。斜面を続々と昇ってくる青鬼にフィエルの雷光が奔り、五匹が倒れ伏す。最初の四匹は動かず、そのまま地面に横たわっている。
魔物には『死んだふり』をするものがある。油断して近づいたところで襲い掛かってくる厄介な奴らだ。あの地面に転がる青鬼たちが本当に死んでいるのか、気絶しているのか、あるいは死んだふりなのかは分からない。
「迷ってる暇はない! ティア、動いている奴らを片っ端から叩くぞ!」
「分かっています!」
私は杖を受け取って、魔物に向けて雷光を放つ。五匹の青鬼が倒れるが、その後ろからは数十の青鬼がこちらに向かってきていた。