041 晩秋の旅はもふもふと共に

「黄豹は南から来たので間違いないのだな?」

「はい、周辺で得られた情報からは若干東寄りの南と結論づけられます。」

騎士は、槍の石突きで地面に簡単な地図を描いて説明する。

「でも、南に行けばリソズ川にあたるでしょう? あの傷で渡ったのでしょうか?」

「流されて来たことも考えられるな。上手く辿れるだろうか?」

川上である西側は、船で何日も行かなければ山岳地帯には至らない。川下である南東には山なんてないし、あの傷で黄豹が川をさかのぼってきたとは考えづらい。

「まず、足跡を辿って南へ向かおう。今から出ても一番近い町には着くだろう。」

私もフィエルの意見に異論はない。決まったら早速出発しようと馬に向かうと、黄豹がおもむろに頭を上げた。

「目が覚めたか。立てるのか?」

「あまり、無理をしてほしくはないのですが……」

私の心配をよそに、黄豹は立ち上がると私たちの方へやってくる。

「もう、怪我は良いのですか? あなたがどこから来たのか案内していただけますか?」

言葉が通じるのかは分からないが、私が問いかけると黄豹は軽く鼻を鳴らして南の方へと歩きだす。

「ついていけば良いのか?」

「方角は合っていますし、ついていきましょう」

黄豹は道という概念が分かるようで、畑を出ると畦道を歩いていく。目の前で揺れる尾についていくと畑はすぐに通り過ぎ、街道に出て紅葉の終わりかけた林の中を南へと進んでいく。

「ティアリッテ様、フィエルナズサ様。少々歩くペースが速すぎます。このままでは馬がもちません。」

そう言われてみると、馬の息が荒いように思える。だが、どうすれば黄豹に伝わるのだろうか?

「黄豹よ、もう少しゆっくり歩くことはできぬか? それと一度休憩をしたい。馬が疲れてしまっている。」

フィエルが言うと、黄豹は振り向き足を止めた。そして私たちと林の奥を交互に見て前足を軽く踏み鳴らす。

「林の奥に何かあるのでしょうか?」

「魔物でもいるのかもしれぬ。誘き出してみよう。」

なにがあるのかよく分からないが、フィエルは桶に水を注ぎ魔力を籠めるとを林に向かって撒き散らす。空になった桶には再び水を注いで馬の前に置いてやる。

林の方にはすぐに変化があった。ネズミのような魔物が飛び出してきたのを皮切りに、虫や蛇のような魔物までウジャウジャと集まってくる。

領都のすぐ近くの街道で強力な魔物が出るとは考えづらいが、逆に小さな魔物ならばいくらでもいる。いや、これほどいるとは思わなかった。

「いくらなんでも多すぎるぞ!」

「やってしまったのは仕方がありません。徹底的に潰しますよ!」

騎士たちは槍で、私とフィエルは雷光の魔法で、そして黄豹は前足で涌いて出てくる魔物たちを退治していく。

一分か二分程度の休憩と思っていたのに、その数倍の時間がかかってしまった。

魔物の死体は比喩抜きに山となっており、黄豹が大きめの魔物を選んで引き摺り出して食べていく。だが、あまりゆっくりと食事が終わるのを待ってもいられない。

魔物の山に火を放つと、黄豹は諦めたように周辺の魔物を足で弾いて集めてくれる。

「黄豹も狩りをしたら魔物を灰にしているのでしょうか?」

「以前に会った黄豹はそのようなことはしていなかったぞ。」

ならば、私たちがやりたいことを見て理解しているということだろうか? 言うことを聞く様子を見ていると、凶暴な獣と言われるようになった理由が全く分からなくなる。

どう考えても、黄豹は仲良くできる生き物だろう。見境なく襲いかかってくる魔獣とは明らかに違う。

「そろそろ良いのではないか? 灰にまでしていたら時間がかかりすぎてしまうぞ?」

煙の色が変わってきたのを見てフィエルが言う。白っぽかった煙は黒くなり、火の粉が混じっている。

「火の粉が燃え広がってもいけませんし、もう良いでしょう。」

大部分が炭化していれば、それほど大きな害にはならないはずだ。魔法で水を撒いて消火し、私たちは再び馬に跨がる。

先を歩く黄豹は先ほどよりかなり速度を抑えてくれている。

「黄豹とは随分と頭が良いのだな。私たちがやりたいことを理解しているようだ。」

「私も言葉が通じるとは思いませんでした。」

ますます黄豹と敵対関係となった経緯が謎だが、今、それを考えても答えが出てくることはないだろう。

何度か休みながら進んでいれば、当然に陽が傾いてくる。冬も間近に迫っており、夏場と比べると昼はかなり短い。

「ここから一番近い町はどこだ?」

「このまま道を進めば一時間ほどでムンシュに着くはずですが……」

騎士は何故か口籠る。何か問題でもあるのだろうか?

「黄豹は町に入れません。」

「どうしてですか? 私は黄豹が人を襲ったりしないと多くの人に知ってほしいのですが。」

「そう言う問題ではなく、黄豹の大きさでは門をくぐれないのではないかと。」

それは考えたことがなかった。確かに黄豹は大きい。私の馬車よりも大きい。

「どうする、ティア? 無理に通ろうとして、つかえてしまっては大変だぞ。」

そんなことになったら大騒ぎなんて話じゃすまない。抜け出そうと暴れて防壁を破壊することになったら叱られるとかそんな話じゃ済まないだろう。私たちもまとめて処罰の対象になりかねない。

「町の外で野営するしかないでしょうね。でも、フィエルは宿に泊まっていいですよ。」

莫迦ばかを言うな。そなたを外に放ったまま自分だけベッドに入っていられるわけがない。」

「私に食事を買ってくるよう命じて下さいませ。急がなければ、閉門までに戻れないかもしれません。」

町の中で一泊するなら閉門までに到着すれば良いが、壁の外で野営するならば閉門までに買い物を済ませなければならない。今のペースのままでは食事は念のために持ってきたパンとイモだけになってしまうらしい。

「よし、急ぎ夕食を買ってきてくれ。私たちは門の外で待っていることとしよう。」

フィエルの命令で騎士の一人が道を駆けていった。私たちはその後をゆっくりと行くだけだ。

町に近づけば人も多くなるということで、できるだけ驚かさないように私とフィエルが黄豹の前にでる。

黄豹が前を歩いていれば、町の方からは私たちはほとんど見えない。

凶暴な獣と恐れられている巨大な獣がやってきたら誰もが驚き恐怖すると言われたら、そんな気がしなくもない。実際は可愛らしいもふもふなのだが、何故か恐れられているのだ。本当に理解しがたい。

町に着くと、門の横に馬をとめて水と草を与える。騎士たちは撫でまわしてやっているが、私では手が届かず馬は迷惑そうにする。

黄豹にも水を与えたりしていると、カゴを抱えた騎士が戻ってきた。カゴの中に入っているのは、肉と野菜を詰めて焼いたパンだった。

既に冷めてしまっているが、それは諦めるしかない。城と同じような食事はできないことくらいは覚悟してきている。

「騎士たちは遠征のときはいつもこのような食事なのか?」

「そうですね。ただ、これは割と良い方でございます。」

騎士とはなかなか大変な仕事のようだ。だが、来年は私も遠征に行くのだ、人ごとではない。野営の食事にも慣れなければならないだろう。

陽が完全に沈むと、風は肌に刺さるように冷たくなってくる。私は毛布にくるまりながら、風の当たらない場所を探す。

と、良いところを見つけた。

黄豹の顔色を窺いながら、その脇に体を寄せる。やはり、思ったとおり、もふもふとしていてとても暖かい。

私が黄豹の暖かな毛の中に埋もれていると、フィエルも隣にやってきて同じように埋もれた。

騎士たちは散々迷った挙句にもふもふを諦めた。私は別に怒らないのだが、主と同じところで並んで寝るものではないらしい。

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